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11月。
関東大会に出場する小谷を応援するために、みんなで東京の会場に赴いた。
どういうことかというと、県大会で個人成績三位までに入った選手は、個人で関東大会に出場できるのだが、個人二位のミハイルは留学生であり、団体の中の一人としてなら出場できるが、個人としての出場資格はないということだった。そのため、個人成績四位の小谷が、繰り上がりで個人枠で関東大会に出場できることになったのである。
その大会で小谷は、思い切り足を振った結果、高々と天まで届く大きなフライを打ち上げた。
会場の全員が首を上に……そして下に……。
靴はピッチャーが捕るかセカンドが捕るかくらいの場所に落ちた。ものすごい滞空時間だった。
こちらに戻ってきた小谷に美佐姫先輩が声をかける。
「小谷君の靴が一番高く上がったね」
「あれは、秀煌学園へのリベンジの
小谷はそう返す。
そうだ。俺達の次の目標は、来年の夏の大会で秀煌に勝ってインターハイ出場だ!
冬休み。
ミハイルは留学期間を終えて帰国することになった。
三年生の先輩達や関根先生も含めた靴飛ばし部みんなで、駅で待ち合わせ、ミハイルを見送ることにした。
ミハイルはいつものエメラルドグリーンのアニメの缶バッジいっぱいのリュックサックで現れた。
もっとコロコロのついたデカいケースで登場するものだと思っていたが、荷物は先に送っているから、手荷物だけでいいのだという。
「でもこれは持ってます」
ミハイルは県大会個人二位の丸まった賞状を取り出して見せてくれた。
「また日本に遊びに来ると思います。その時はよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるミハイルに、一同「もちろん」と答える。
「今度は俺達がブルガリアに遊びに行くよ。そしたら案内よろしく」
と竹内がミハイルに告げる。
「あ、私も行きたい!」
美佐姫先輩も乗り気だ。
「入れ違いになったりしてな」
「行くときはちゃんと連絡入れるよ」
不吉なことを言う小谷に竹内がツッコむ。
「すばらしい毎日を、ありがとうございました」
とミハイルはお辞儀をして、改札を通り、歩いて行った。
毎日のように顔を合わせて、嫌になるくらい一緒に過ごしたミハイルともこれでお別れだ。
小さくなっていくミハイルの姿を見えなくなるまで見送った。
俺は人生でこんな別れをあと何度経験するのだろうと思いながら……。
ミハイルがいなくなって、靴飛ばし部は、俺と竹内と小谷。また三人になってしまった。
来年のインターハイを目指すには、また新しい部員を入れなければならない。
そんな上川の靴飛ばし部を盛り立てる出来事があった。『高校靴飛ばし界に新星 上川の悪魔の左足』というネットニュースが出回ったのだ。スポーツ新聞社の発信する記事で、書いたのは
記事には、先日の県大会で上川高校が秀煌学園を追い詰めたことと、アウト判定にはなったものの46メートル付近まで靴を飛ばした俺のことが書かれていた。
俺は『上川高校の悪魔の左足』と紹介されている。合宿の時、俺が靴飛ばしで悪魔の左足ロベルト・カルロスを目指していると稗田コーチに話したせいだ。もちろん、稗田コーチは自分の教え子だとは書いていない。
この記事のせいで、俺は『上川の悪魔の左足』として秀煌学園をはじめ、全国の靴飛ばし強豪校に知れ渡る存在になってしまうだろう。『悪魔の左足』の称号は嬉しくもあるが、重くも感じた。あの時はたまたまできただけだからだ。実力以上のものが出てしまったというイメージは拭えない。
とはいえ、一度できたことだ。きっとできるようになると信じている。
重いから返上などという弱気じゃなくて、小谷を見習って「悪魔の左足」を自分から言いふらすくらいの気持ちでその称号を背負ってやろうと思う。
竹内が写真立てを持ってきた。
この前の大会のあと、美佐姫先輩とミハイルを中心にみんなで撮った写真だ。
みんないい笑顔をしている。これが6位だと誰が思うだろう。
その写真は部室に置かれた
松林兄妹がそっくりな笑顔で並んだ二つの写真は、きっと見る者の興味を惹きつけるだろう。しかし、そこに隠されたストーリーはいつまで語り継がれるのだろうか……。
もし、来年一年生が入ってきて、この写真について聞かれたら『怒濤のコーヒー』にでも連れて行って、このストーリーをじっくり語ってやろう。
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