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 表彰式が行われた。

 団体優勝は161メートル70で秀煌学園。第2位で関東大会進出を決めたのは、竹内が以前名前を挙げた新条しんじょう相栄あいえいのどちらでもなく、北原きたはらという高校だった。記録は139メートル89。

 結果を見れば、下馬評通り二位以下に大差を付けて秀煌の優勝だった。

 俺達上川高校は119メートル11で第6位だった。

 それでも、ミハイルは個人成績二位で表彰された。記録は41メートル60。

 個人優勝は秀煌学園の門原弘毅もんばらこうき、記録44メートル46。三位も秀煌学園の小田拓人おだたくと、41メートル35。

 表彰台に立つミハイルが賞状をもらう姿を見て、なぜだか、俺はやっと安堵した。試合で高ぶっていた気持ちが収まって、やりきったという感覚が残っていた。


 閉会式が終わり、観客が帰り始めた頃、俺達は美佐姫先輩達の元へと向かった。

 ちょうど先輩達もこちらを目指していて、客席スタンドに続く階段下の通路で、美佐姫先輩、久米先輩、遠藤先輩、細山田先輩と俺達は向き合った。先輩達はすぐさま「お前らすごかったぞ」「よくやった」と俺達の戦いを讃えてくれた。

 それから久米先輩が言う。

「松林、ミハイル君が終わったあたりから、ずっと泣いてたんだよ。お前ら、泣かせすぎだよ……」

「……そうだよ、こんな顔で会うの本当は嫌なんだから……」

 美佐姫先輩は泣きはらした顔で、照れくさそうな様子だ。

 なおも込み上げる涙を黄色いハンドタオルで拭きながら、美佐姫先輩は口を開く。

「ミハ君、おめでとう。2位だよ……。すごいよ。あんなすごい飛び方初めて見たよ」

「……ミサキさんのおかげです」

 照れたように言ってミハイルは美佐姫先輩と握手を交わした。

「小谷君……やっぱり、小谷君、天才だったね」

「もちろんです。小谷ですから」

 小谷はそう言ってメガネを上げながら美佐姫先輩と握手をする。

「タカハシ君、タカハシ君の靴、一番飛んだね……。誰が何て言っても、今日の一番はタカハシ君だったって私、一生言うから」

 涙を流しながら、美佐姫先輩は俺にそう言ってくれた。

 美佐姫先輩がこんなに泣いているのを初めて見る。最初に稗田コーチを訪ねたとき泣きかけていたけど、シーアンとの勝負に負けたあとも一切涙は見せなかったのに……。

 美佐姫先輩はハンドタオルを持ち替えて左手で握手を求める。

「ありがとうございます!」

 俺は力強くその手を握り返した。

「竹内君、最後かっこよかったよ。いいキャプテンだね」

「あ、どーも」

 握手しながら、竹内はちょっと間の抜けた返事をして、周りの笑いを誘った。

「じゃあ、またメシ行こうぜ! 今度は俺達が驕るから」

 遠藤先輩はそう言ってから「んじゃ、マリちゃんとこ行くか……、マリちゃん驕ってくんねえかな?」

 と関根先生の元へ向かって歩き出す。「お、行こう行こう」と、久米先輩、細山田先輩も付いていく。

 美佐姫先輩もそちらに行こうとしているところを俺は呼び止めた。

「美佐姫先輩……」

 美佐姫先輩が振り返る。

「現実はままならないですね……。俺達、秀煌に勝って、先輩に恩返しするつもりでした。でも、結局できなくて、でも……先輩のおかげでここまで来られました。だからそれだけ言いたくて……」

 美佐姫先輩が目を細めて頷く。

「うん。そうだよ~、現実はままならないよ!」

 少し、泣き声が混ざっているが、明るい声で笑いながら美佐姫先輩は言う。

「私ね、今日みんなに何を言おうかなって、ずっと考えてたんだ……。先輩らしく、かっこいいこと言って、みんなを元気づけようって……。なのに、みんなが嘘みたいな現実見せるから、泣いてばっかで、ぜんぜんかっこよくなくなっちゃったじゃん! ほんと、現実はままならないよ……タカハシ君のせいだからね」

 と少し膨れてから、美佐姫先輩は笑顔に戻る。

「現実はままならない。だから、想像以上になることだってある…………ままならなくても、この現実、最高! 大好き!」

 そう言って美佐姫先輩は前を向き直り、歩き出す。

 これまで俺なんかより遙かに大きなままならない現実と向き合ってきた美佐姫先輩が、この現実が大好きだと言った。

 この人からもらえる言葉で、これ以上のものはないと思った。


 関根先生のところに行くと

「みんなどっか行っちゃうから、一人で荷物番で寂しかったなあ」

 と唇を尖らせていた。

「いやあ、マリちゃん先生、今日も美しいなあ」と遠藤先輩が機嫌を取り「先生もこのあとご飯行きましょうよ」と誘う。さらに「驕ってもらえると嬉しいんだけどなあ」と厚かましいことを言う。

「ん~、選手の四人には驕ってもいいけど、先輩達は自分で出しなさいね」

「オッケーです! あざーす。なんか俺の分軽くなった。よし、行こう行こう! よーし、じゃあ、食事会であのヘボ審判にどんな天罰が下るか大喜利大会ね」

 ハイテンションで遠藤先輩が仕切り出す。

「家に帰ったらスリッパの中からたくさんの便所コオロギ!」

 竹内がすぐ答える。

「50肩で二度と旗が上げられなくなる」

 小谷も続く。

「お前らはええなあ……」

 俺がつぶやく。

「人を呪うアイデアならいくらでも思いつくぞ」

 小谷が得意気に言う。人としてどうなんだそれ。

「その前に……外で記念撮影しましょう。美佐姫ちゃんも、お化粧直して、ね」

 関根先生がそう提案し、記念撮影をすることになった。

 競技場の前で、美佐姫先輩と賞状を持ったミハイルを中心に、横に俺、竹内、小谷、うしろに先輩達が並んで記念撮影をした。


 食事会はジャージ姿でもギリ大丈夫な、ちょっと高級感のあるファミレスで行われた。

「私ね、実は、兄と同じ大学行こうと思ってるんだ……そこで、靴飛ばしやろうと思ってる」

 美佐姫先輩が言った。浩次郎こうじろう先輩の行っていた大学は東京の有名な私立大学で、浩次郎先輩はスポーツ推薦で入ったというが、一般入試で入るとしたらかなりの難関校である。

「ずっと、なんとなく、そう考えてて……一年浪人してでも入ろうって思ってた……んだけど……あの時『そんな甘くないぞ』って怒られた気がして……ほら、あのバスの中で……『お前はいつまでもそこにいちゃいけない、ちゃんと勉強しないと、どっちもうまくいかなくなるぞ!』って神様に言われてる気がしたんだよね」

 あれから、美佐姫先輩は部活に来なくなったけど、本当に勉強に専念していたんだ……。自分の夢を信頼できる人に託して、自分の道を歩くことを決めたんだ。

「すごく不安だったんだけど、今日、みんなの試合見て、すごいやる気出た! 私も頑張る! ありがとね」

 やはり美佐姫先輩は俺達を信じてくれていた。見捨てたわけじゃなかった。たとえ自分が関われなくなっても、俺達が戦えばそれは自分が戦うのと同じことだと思えるから、俺達を信じて任せてくれたのだ。美佐姫先輩にとって、そういう存在になれたことが、誇らしくて嬉しい。


「卒業して、大学行っても、また、このメンバーで集まって靴飛ばしできるといいね」

 美佐姫先輩が言うと、それに竹内が答える。

「『いいね』なんて美佐姫先輩らしくないですよ。いつもみたいに『おい、おめーら、やるぞ、集合』って言えば、俺達下っ端はどこからでも駆けつけますよ」

「私そんな言い方しないよ~!」

 などとやりつつ、みんなで必ずまた一緒に靴飛ばしをやろうと誓い合った。

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