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大会前日。
疲れを残さないために練習を早めに終わらせ、俺達は「お好み焼き竹うち」で鋭気を高めるための決起集会を行っていた。
「先生はビールでいいですか?」
「ええ、ありがとうございます」
竹内のオヤジが関根先生にビールを出す。
この会を提案したのは関根先生だ。最近の俺達四人の頑張りを関根先生は見守ってくれていた。自分には何もできないが、せめて大会前においしいものを食べて気分よく大会に臨んでほしいと、「竹うち」と相談して、この会を用意してくれた。
関根先生は、明日の大会には顧問として付き添うことにもなっていて、会場まで運転もしてくれることにもなっている。
すでに、テーブルの上にはお好み焼きのタネを筆頭に、サラダ、枝豆など食べ物がふんだんに用意されている。
「じゃあ、お前らはこの中から飲み物選べ。酒飲めないからソフトドリンクな」
「俺達の飲み物がないなあ」と思っているところへ竹内のオヤジが出してきたのは、手作りの飲み物メニューである。ラミネーターで包まれた紙には手書きで「ソフトドリンクメニュー」とタイトルが書かれ、その下に注文できる飲み物の名前が書かれている…………らしかった。
というのも、その飲み物のメニューは全てひらがなで書かれた最初の一文字目しか見えないのである。
『ソフトドリンクメニュー』
お◯◯◯◯◯◯◯◯
す◯◯◯◯◯
か◯◯◯◯◯◯
う◯◯◯◯◯◯
む◯◯◯◯◯◯◯◯◯
り◯◯◯◯◯
こ◯◯◯◯
し◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
み◯◯◯◯◯◯◯◯
や◯◯◯◯◯
一文字目のひらがな意外は、カラフルな縞模様のキレイに剥がせるタイプのテープ(マスキングテープというらしい)が貼られていて見えなくなっている。マスキングテープの長さはまちまちで、だいたいこのくらいの文字数が入りそうかなという長さを◯で表現してみたが、実際にはどのくらいの数の文字が下に隠れているのかわからない。
「なんだこれ?」
俺のリアクションに竹内のオヤジは、
「俺はな、こう見えても、小五のとき、レク係だったんだ」
と返してくる。小学校の時の学級の係をそこまで誇らしげに言う人を初めて見た。
「こう見えてもってなんだよー。レク係に見えなくもないよ」
竹内が合っているのかよくわからないツッコミを入れる。
とにかく、このメニューから、飲み物をカンで選べということらしい。裏返してみたが、裏には黒い画用紙が重ねてラミネートしてあって、透かしてみることができなくなっている。さすがはレク係、用意周到である。
「テープの長さは罠の可能性ありそうだな……」
竹内がつぶやく。確かに長いテープをめくっても一文字しか隠れていないということもありそうだ。逆に短めのテープに長い文字が隠れている可能性もある。文字は手書きだから大きさでいくらでも調節できるだろう。
「『お』って何だろう?」
俺は、そう口に出し、他のメンバーに予想を求めた。
「『お茶』かな、っていうか普通にお茶だせ。クソ親父め~」
お茶大好きの竹内がつぶやく。
「『オレンジジュース』?」
マスキングテープの長さから、ミハイルがそう予想。
「『う』はウーロン茶、『む』は麦茶、『り』は緑茶じゃね?」
『お』について聞いていたのに、小谷がその先の文字を勝手に予想していた。マイペースか!
「『う』はウン……だったりして」
竹内がそんなことを言うと、そのオヤジがすぐ反応。
「んなわけあるか。一応言っとくけど、体に害のあるものは入ってないから安心しろい」
……とりあえず、ちゃんと全部飲めるものらしい。
その後も、「『か』はカルピスじゃねーか?」「『み』は水? ミルクティーって可能性も……」といった予想が繰り広げられた……。
「じゃあ、俺は『こ』にする!」
最終的に俺はそう宣言した。コーラ、コーヒー、紅茶、ココア。「こ」で始まる飲み物なんて、これのどれかだろう。どれであれ、そんなに悪くはない。
「マジで? 『こ』は地雷な気もするけどなあ」
竹内はそう言うが、俺には普通にコーラが出てくる未来が見えた気がした。
「俺は『む』にする。麦茶だろこれ」
小谷が宣言する。たしかに、麦茶だったらお好み焼きにも合いそうだしアタリと言える。だが、テープの長さが長いのが気になる。
「『や』にします。野菜ジュース……と思います」
とミハイル。「ありそう」「確かに野菜ジュースっぽいな」と周囲も賛同した。
「『し』がなんなのかわかんない。『し』のつく飲み物なんてある?」
竹内が周りに尋ねるが、誰もが首を横に振るばかり。
「俺それにするわ。親父の性格からして、なんかそういうわからないのがアタリな気がする」
果敢にも竹内は予測不能の『し』にチャレンジした。
そして、いよいよ各自が注文した飲み物が順に運ばれてきた。
「『む』のお客様~」
そう言って竹内のオヤジが持ってきたグラスに入っているものの色は明らかに麦茶ではない。
「……俺です」
小谷がいぶかしげにその飲み物を見つめる。
「
「無調整豆乳!? 麦茶じゃなかった……」
麦茶を期待していた小谷はいったん落胆の声を上げたが、自分の前に置かれた無調整豆乳を眺めながら、まいいかと小声でつぶやいた。
「はい、次『こ』のお客様~」
俺だ。竹内のオヤジはなぜか湯飲みを持っている。コーラかコーヒーか紅茶かココアを湯飲みに入れてきたのだろうか? 「はい」と返事をしてその湯飲みを受け取る。
「
昆布茶だった……。竹内のオヤジはすぐ踵を返して戻っていった。「マジか~」と、「こ」で「昆布茶」を出してくる竹内のオヤジのセンスに一同恐れおののいている。俺もあまりのことに声も出なかったが、しばらく昆布茶を見つめて現実を受け入れると、まいいかと思うに至った。
「ええ、次『し』のお客様~」
そう言いながら竹内のオヤジが持って来たのは明らかにお椀だった。「え? なになに?」と引きつった表情の竹内の前にトンと置かれる。
「はい。『しじみ70個分のちから味噌汁』」
竹内以外みんなで大笑いした。
「飲み物じゃないじゃんか~!」
息子の抗議を無視して、竹内のオヤジは次の飲み物を取りに行った。竹内は「余計喉渇くわ」とぼやいている。
ミハイルの頼んだ「や」は、竹内のオヤジがそれを持って出てきた時点で判明した。
「はい。ヤクルト」
ヤクルトの小さな容器がミハイルの前に置かれる。俺も思わず「ちっちゃ」と叫んでしまった。ミハイルも苦笑いしている。
全員の飲み物が揃ったところで。他の飲み物は何だったのか正解発表。
「じゃあ、それ、めくっていいぞ」
と竹内のオヤジが言うので、メニューに貼られたテープを剥がして、上から順に答え合わせ。
「お」のテープを剥がすと「おれんじじゅーす」の文字が出てきた。
「わ、普通にオレンジジュースだったんだ。ミハイル正解だな」
続いて「す」をめくる。「すいどうすい」。「水道水かよ!」全員でツッコむ。
そんな感じで、全てのテープを順に剥がしていった。
「み」が「ミネラル麦茶」と判明したときは、小谷が「そっちかー!!」と叫び、悔しがった。
お れんじじゅーす
す いどうすい
か るぴすそーだ
う すめたぽんず
む ちょうせいとうにゅう
り ょくちゃ
こ ぶちゃ
し じみ70こぶんみそしる
み ねらるむぎちゃ
や くると
全員で騒然とした箇所はもちろん……
「薄めたポン酢!?」
「『う』、すげーやべーじゃん! 超地雷じゃん!」
「あぶねえ、ウーロン茶狙いで『う』にしなくてよかった~!」
薄めたポン酢を飲まされなくて本当によかったと、自分たちの強運を喜び合った。
逆に竹内のオヤジは、
「ちっ、だれも『う』にしねえんだもんな。つまんねえの」
と残念がっていた。
そんなこんなで、決起集会は盛り上がり、みんなハイテンションのままお開きを迎える。
「じゃあ、竹内君。部長らしく、明日の試合に向けて一言」
関根先生が声をかける。竹内は「こほん」と咳払い。
「シーアン首洗ってまってろよ! 明日、秀煌学園に勝って優勝するぞ~」
竹内の声は、どうも呑気な感じで「おお!」などと返すものは誰もいない。こういうことに向いてない部長だなとつくづく思った。
「……そうだね」
俺が返したら、少し笑いが起きて、場が和んだ。
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