35
放課後、第2グラウンドに行く。
昨日、ここで雨の中ミハイル君が練習していたという。
確かに、その痕跡があった。土の上を踏みつけた足跡がいくつも散らばっている。グラウンドの地面は固いが、雨が降れば足跡くらいは残る。
昨日の試合のミハイル君の様子を思い出す。
ミハイル君も、悔しかったのだろう。
自分にもう少し力があればと、強く思ったのだろう。
それで、あの雨の中、ここで練習を繰り返した。
暗くなるまで、暗くなってもやめることなく、何度も……。
俺は今まで、ミハイル君はお客様だと思っていた。
留学生として部活を経験して、いい思い出を作って帰ってくれればいいと思っていた。
昨日のことも、変なことに巻き込んで悪いな、気に病まないでほしいな、気にしないでくれるといいなと思っていた。
ごめん。ミハイル君。
いや、ミハイル……。
お前、俺と同じだったんだな。
俺達と同じだった。俺達の、仲間だった……。
同じ目標と、同じ悔しさを共有する、正真正銘、本物の仲間だった……。
ごめん。
それどころか、ミハイルは大事なことを教えてくれた。
俺も、そうするべきだったんだ。
壁を殴っている場合じゃなかった。
強くなるために、練習するべきだった。
ミハイルだけがそれを選んだ。
いや、結果的に、それで風邪を引いたのだから、正しくなかったのかもしれない。
それでも……。
ブランコのそばのぬかるんだ土に、膨大な数の靴跡。中には生の足跡、つまり足の指の跡もある。裸足で靴を取りに行った跡だろう。
胸が熱くなる。
雨じゃ、ちゃんとした練習なんてできなかったろうに……。
気付くと、俺のうしろに竹内が立っていた。
「竹内、練習しよう。させてくれ! テスト期間なんて、どうでもいい!」
「……悔しいのは分かるよ。俺もそう……。だけど、やみくもにやればいいってもんじゃない」
「俺たちは秀煌に勝たなきゃいけない! だったら練習するしか――」
「あいつら、子供の頃からブランコに乗ってるような連中だよ――」
竹内が俺の言葉を遮る。
「――高校からブランコに乗り始めた俺達が、そんな奴らに勝つにはどうしたらいい? ただ練習時間を増やしたって、追いつくわけないでしょ?」
「じゃあ、どうするんだよ」
「だから俺はミーティングやろうって言ったんだよ。秀煌に勝つためにどうするか、ミハイル君と一緒に、みんなで決めようって……」
竹内の言うとおりだった。やみくもに練習時間を増やしたって、練習時間で奴らに追いつくことは不可能だ。
「テスト前で部活が休みなのは、頭を冷やすのにちょうどいい時間だと思う。今はテストに専念するのと、怪我を治そう。二週間後、テストが終わったら集まろう」
「……おう」
竹内はこんな時でも、落ち着いている。頼もしいと思った。やっぱり、俺はどこか竹内には敵わないような気がしている。
二週間後。
テストも終わって、怪我もだいぶ回復した頃、俺達四人はミーティングのために、竹内の家に集まった。
お好み焼き屋の方ではなく、二階にある竹内の部屋だ。
「ミハイルは竹内の部屋初めて?」
俺はミハイルに問いかける。ミハイルには「これから『ミハイル』と呼ぶぞ」とは伝えてある。ミハイルも了承してくれた。
「初めてです」
「狭いけどくつろいでくれよ」
「それ俺のセリフだから」
ミハイルは竹内の和室の部屋に興味を持ち、畳やら戸棚やら、日本風のものにしきりに感心している。
ミーティングが始まり、俺たちはいろいろな話をした。時間をかけて、それぞれの思いを語り合った。
竹内は、秀煌学園偵察を言い出したのは実は自分だったこと、それを美佐姫先輩に任せてしまい、部長として頼りなくて申し訳ないことを謝罪した。これから美佐姫先輩がいない分も、自分がしっかり部をまとめると誓った。
それに対して、俺は、竹内を頼りないとは思わない。美佐姫先輩の代わりをする必要はない。竹内らしくやればいいと伝えた。
小谷はシーアンとの勝負に負けたのは俺のせいなのに、なぜみんな責めないんだと憤った。
それに対して俺は、ミスは他人事じゃないし、小谷は筋金入りの小谷なのだから、責めてどうなるものでもないだろ、いつも無駄に強気なのがお前だろ。「責めてくれ」などという小谷らしからぬ、もしくは小谷らしすぎて気持ち悪いことを言うのはやめろと伝えた。
ミハイルもやはり自分の力不足を悔やんでいた。それは俺も同じだと伝えた。
話合う中で、みんな自分を責めていることがわかった。全員が自分以外の誰のせいとも思っていないし、全員が自分の未熟さを心から憎み、恥じていた。それなら、もう自分を否定するのはやめよう。それは誰も望んでいない。みんなで成長しようと誓い合った。
それから、美佐姫先輩の頑張りや、美佐姫先輩が俺達にしてくれたことの大きさについて、各自の思うところを言い合った。
長い長い議論だった。二時間も三時間も続いた。
けれど、結論は小谷の、
「俺は、あいつに……
というセリフに、ほぼ集約されていた。
いつも真ん中で笑っていたのに、寂しそうに去って行った美佐姫先輩を心からの笑顔にしたい……。
ここまでの議論は全て、その結論を確認するためのものだったと思うくらい、小谷のその言葉は的確だった。
みんなの気持ちがまとまりかけた時、竹内が最後の確認をする。
「よし、ここからが、俺達の本当の戦いの始まりだ。秀煌学園に本気で勝ちに行く。厳しい道だけど、それでも行く覚悟はあるね?」
俺達はもちろんだと力強く答えた。
「じゃあ、本題ね」
竹内がミーティングを進める。俺は「やっと本題かよ」と茶々を入れつつ、次の言葉を待つ。
「これまで通りの練習では秀煌に勝てないと思う。次の十月の大会まで、夏休みがあるとはいえ、時間は少ないよね。そこでどうしようかって話……どうしたら秀煌に勝てる?」
「…………秀煌の選手全員の膝を
小谷が答える。
「最低だな!」
もちろん俺はツッコむ。
「じゃあ、どうするんだ。木槌がダメならもう他に打つ手はないだろ」
「……う~ん…………」
確かに、小谷の言うとおり、向こうの膝を粉砕する以外に有効な方法があるとは思えない。
強敵、
……ダメだ。やはり、どうやっても勝てない。悔しいがお手上げだ。
俺も小谷も、肩を落としてうつむく。
「俺達の本当の戦いもここまでか……」
小谷が無念の声を上げる。
早くも行き詰まった俺達だったが、竹内は諦めていない。
「いや、諦めるのは早いよ。俺達には、秀煌撃破をやってのけた偉大な先輩がいるでしょ?」
「
俺は返しつつ、やはりそう来るかと思った。
「そう。目的地が一緒なら、同じ道をなぞるのが一番だと思う。もう一度稗田さんに指導をお願いしようよ」
「俺、あのおっさんにいい印象がないんだけどなー」
俺達に対してやる気がないと勝手に決めつけたこと。美佐姫先輩の期待を裏切り、悲しませたこと……。俺は稗田氏の顔を思い浮かべると、嫌な思い出が蘇り、拒絶したい気持ちになる。
「俺もあいつは嫌だ。美佐姫先輩泣かせたし、なんか偉そうだし、絶対性格悪い、あいつ」
小谷も稗田氏を快く思っていないらしい。
「ミハイル君は?」
「う~ん。タケウチさんに賛成です。教えてもらいたいです」
竹内に聞かれて、ミハイルはそう答える。
他に方法がない以上、俺と小谷もそれに乗るしかなさそうだ。
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