31
到着した練習場は、規模的には我が校の練習場と似ていた。
メインの練習場から少し離れたところにあるサブ練習場。個人練習などで使うらしいその練習場には、他に人がいないようだった。他の部員は皆あちらの練習場にいるらしく、ここにいるのは完全に
「靴はここにあるやつ。好きに使って」
メインではないはずなのに、俺達から見ればうらやましいほど設備が充実している。西安に指し示されたところにはたくさんの靴カゴが置かれていて、サイズ毎に分けて入れられている。サイズも豊富で、左右問わず綺麗にそろっている。質量ともに申し分ない。
ブランコは実際の競技場で使われるものと同じで、距離を示すラインなどもしっかり引かれている。本番に近い形で練習ができそうな印象だ。一年生部員などがしっかり整備しているのだろう。
俺達はさっそく自分たちのサイズの靴を選んで試合に備える。
一方、西安も自分で試合の準備を進めていた。
西安はどこからか、千ピースのジグソーパズルの額くらいの大きさのホワイトボードを抱えて持って来て、ペンで線を引き、上下二段の即席のスコアボードを作った。
西安が「先攻後攻じゃんけん」と言って手を前に出す。竹内が応じてじゃんけんぽん。竹内は見事に負けた。
「じゃあ、そっち先攻ね」
西安が後攻を取って、一人目の下の段、野球で言うと1回の裏のところに自分で「0」と書き込んだ。
「こっちは3回だから、1回目はパスで……だから、そっち、まず二人やって」
と西安は言う。
俺達は、どういう順番で行くか話し合う。
「小谷を最後にした方がよくないか?」
と俺が提案。小谷は早漏をやらかしがちなので、やらかさないように気をつけて大事に行くか、一発「小谷キャノン」狙いで行くか、順番を最後にして、その時の状況を見て判断しようということだ。
その提案はすんなり通って、小谷がラストに決まった。最初、不安定な小谷ではなく、美佐姫先輩が出た方がいいとも言ったのだが、美佐姫先輩が俺達四人で戦ってほしいと固辞したため、小谷を入れた正規のメンバーで行くことになった。この前の練習試合みたいなことにならないことを祈るしかない。
順番は、俺、ミハイル君、竹内、小谷という順番に決まった。
まずは俺からだ。俺はブランコに飛び乗る。
いつもと違うブランコや風景に緊張が高まる。
それでも俺はいつもとそれほど変わらず、左足の力を十分伝えて靴を飛ばすことができた。手応えは悪くない。
「33メートル25!」
計測係を担当した美佐姫先輩の声が届く。38メートルがベストの俺としては、もっとベストに近い数字を出したかったが、準備無しの一発勝負としては悪くない数字だ。
ホワイトボードに今の記録を書き込む。改めて考えると、4対3というハンデは結構大きいなと思う。こちらが全員30メートルを飛ばせば、あちらは三回とも40メートルを飛ばさなければ勝てない計算だ。そしてこちらは、小谷はわからないが、他はみんな30メートル以上飛ばせる力がある。
次はミハイル君の番だ。
ミハイル君もいつも通りの綺麗なブランコさばきで、靴を放った。靴も綺麗に飛んだ。
しかし記録はあまり伸びず27メートル40という結果だった。最近のミハイル君は30メートル前半を安定して飛ばしていたので、30メートルを切るというのはやや物足りない記録である。普段とは違う環境や緊張が、何かを狂わせたのかもしれない。
本人も納得いっていないようで、しきりに首を横に振ったり、頭を抱えたりしている。そして申し訳なさそうに俺達に「ごめんなさい」と謝る。竹内が「いや、全然問題ないよ」と明るく伝える。
「じゃあ、俺ね」
と西安がブランコに向かう。次は西安の一回目だ。
西安がブランコを漕ぎ始める……。
…………!!
……上手い! ブランコの漕ぎ方が違う。プロだ。
靴飛ばしにプロなんてないのに、プロだと思ってしまうほど、手慣れた動きだった。
特にブランコがうしろに来たときの勢いの付け方が、これまで見たことがないくらい鋭く、力強く大きかった。そのブランコの漕ぎ方は、いつだったか見た世界記録のゲイナーの動きに近い。
先ほどのミハイル君が7回くらい漕いで到達した高さに、3回ほどで到達する。たったこれだけの回数でブランコをあそこまで上げられることが信じられない。
もう一往復……ブランコは靴を飛ばすのに十分な高さに……。そこからまたブランコがうしろに来ると、座面を水平よりも高いと思える位置にまで引き上げる。
そして、前に来るタイミングで靴を放った。
……早い。ここまで、わずか4~5往復。たぶん靴を放ったのは5回目のスイングだ。
靴は嘘のように速く強く飛び、あり得ないくらい遠くに落ちた。
信じたくないが、40メートルラインを超えていた。
美佐姫先輩がメジャーで距離を確認してから、少し手前に近づいて、
「41メートル87!」
と伝えた。
冗談じゃない……。何者だこいつ……。
秀煌学園の選手だし、ある程度強いことは覚悟していた。だが、ここまでとは思っていなかった。
ブランコを降りて西安は、「しゃー!」と叫んで、大事なところで点を入れたテニスプレイヤーのようにガッツポーズを作りながら、小走りで走り、自分の距離をホワイトボードに書き入れた。
しかし、あっけにとられている場合ではない。まだ試合中だ。
次は、竹内だ。
「よし、いつも通りやろう!」「オーケーオーケー」と自分に言い聞かせながらブランコに向かう竹内。
そう言いつつも、先ほどの西安を見てちょっと力が入りすぎたのか、竹内の記録は31メートル81だった。ミハイル君と同様、そこまで悪くはないものの、普段の実力は発揮できていない。
西安の二本目。
西安は先ほどとほぼ同じパフォーマンスを見せた。結果は40メートル04。
また40メートルを超えてきた。
ホワイトボードを確認し、ここまでの合計を計算し、書き入れる。
こちらは93メートル46、西安は81メートル91。こちらのリードは10メートル55だ。
「うわ、やっぱり、ハンデが大きすぎたなあ……」
ホワイトボードの数字を見て、西安が舌を出す。
10メートル55のリード。つまり、このあとの小谷の記録が、西安のそれより10メートル下でもこちらの勝ちということになる。これは確かに西安としてはハンデが大きいと感じるだろう。
だが、こちらから見るとどうなるかわからない。最後が小谷だからだ。
相手がここまで2回40メートルを飛ばしていることを考えると、小谷にはどうにか30メートル以上を出してほしい。普段の練習での小谷は不安定で、真下に飛ばしたり、真上に飛ばしたり、あらぬ方向に飛ばすことも多いが、たまに30メートル以上飛ばすこともあった。それが出てくれれば……。
小谷頼む……。
嫌な予感がした。小谷の顔がこわばっている。
小谷は、何も言わず、ブランコに乗る。
ブランコを漕ぎ始める。
小谷の動きがいつもより変だ。
小谷は、あまり勢いをつけずに靴を飛ばそうとしているようだった。慎重に行こうという表れか。
足をうしろに振り上げて靴を飛ばす体制を取る。
そして、足を振る。しかし、なぜか靴が抜けない。慌てた小谷はもう一度足を振る。今度は靴が抜けて前に飛んだ。
しかし、ブランコがうしろに戻ってくるタイミングで飛ばしたため、全然飛んでいない。
「ええ? 何、今の? いいの? え? 俺勝っちゃうよ、勝たせてくれたの?」
西安が口を変な形に曲げて、小谷を茶化すように言う。
記録は9メートル13。
小谷は無言、無表情で、こちらに戻ってきた。
どんな言葉をかけていいのかわからなかった。
「ええと、差が19メートルいくつかかな? じゃあ、20メートル飛ばせば、俺の勝ちね」
右足に靴を装着しながら西安がホワイトボードを眺めて計算する。正確な差は19メートル69だった。
西安はひょこひょことブランコに駆け寄ると、ブランコに乗って漕ぎ始める。
いや、これは漕いでいると言っていいのか、勢いはなく、ただ、ゆったりぶらぶら揺らすだけ。
「……20メートルっつうと…………こんなもんでしょ!」
西安の靴が放たれた。
靴は20メートルラインをわずかに越えた。
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