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「秀煌の人じゃないでしょ? ひょっとして、スパイ?」

『西安』はどことなく演技がかった口調で見事に図星を突いてくる。

 突然のことに焦る俺達に対して『西安』は続ける。

「なんか、見たことあるなあ。どっかの靴飛ばし部でしょ? 困るんだよね~、そういうことされちゃ。見学とか合同練習がしたいなら、ちゃんと学校を通してもらわないと~」

 竹内はこの前のインターハイ予選の県大会に出場しているし、小谷も長身で目立つ方だ。秀煌の部員と思しきこの男の「見たことある」というのもはったりではなく、本当にそうなのかもしれない。

 俺達は各々立ち上がり、この少年と向き合う。誰かが手を離す度に金網が音を立てた。

「俺のオヤジ一応、靴飛ばし協会の理事やってるんだよね。このこと言えば、君たちの学校出場停止になるかもね。監督も高体連のお偉いさんだから、スパイを働いていたチームがあるなんて言えばどうなるかな?」

『西安』は俺達の気持ちを揺さぶるようなことをペラペラとまくし立ててくる。

「ごめんなさい。そういうんじゃなくて……」

 美佐姫先輩がどうにか取り繕おうと前に進み出る。

「あれ、マネージャーさん? すげーかわいい! いいなあ。こんなかわいいマネージャーいて。うちなんてブスしかいねーから。マジ取り替えて欲しいわ~!」

 途中からなぜか俺の方を見据えながら『西安』は大袈裟な身振りと抑揚を付けて言った。そりゃ、美佐姫先輩の美しさはどこの世界でも通用するだろうが、本人を前にこんなに堂々と言うものか。目の前の男が同じ人間とは思えなかった。

 それから『西安』は目を細めて、声のボリュームを落とし……

「ねえねえ、君ら、靴飛ばし部なんでしょ? じゃあ俺と勝負しようよ。そっちに別の練習場あるから。もし勝負してくれたらさ、このことは誰にも言わないであげるよ」

 と、取引を持ちかけてきた。

「ハンデもあげる。こっちのホームグラウンドだし、服装もそっちの方が動きにくそうだから……。4対3でどう? そっちは四人の合計でいいよ。こっちは俺一人で3回の合計」

 こっち四人と、こいつ一人3回の距離の合計で勝負しろという。

「もし、そっちが勝ったら、こっちの情報なんでも教えるよ。インターハイのメンバーのことでも、門原先輩のことでも……」

「門原先輩? キミ、一年生なの?」

 美佐姫先輩が問う。二年生の門原を先輩と呼ぶということは、こいつは一年生ということになる。それにしては、さっきからずっとタメ口だが……。

「そうだよ。俺、秀煌一年の西安健史にしやすけんじ。そっちは? どこの学校?」

 こいつに俺達の高校名を言っていいのか逡巡する。

「まあ、言いたくなきゃ言わなくてもいいよ。どうせ上川かどっかでしょ? どこでもいいや……。うわあ、でも強そうだなあ、助っ人外人までいるじゃん。強そうだなあ。4対3で勝てっかなあ? でもそのくらい追い込まなきゃ楽しくねえかんなあ。燃えてきたあ! オラ、ワクワクすっぞ!」

 下手な何かのモノマネを入れてヒヒヒと笑う西安。「どうせ上川かどっかでしょ?」という言葉には、またしても図星を突かれた思いだった。

「んで、こんだけハンデあるんだから、もし俺が勝ったら、そのすげーかわいいマネージャーさんとキスさせてよ」

「なんだと!」

 小谷が、そんな条件飲めるわけがないと憤る。しかし、間髪入れず、

「いいよ」

 と言ったのは美佐姫先輩だった。

「勝負すれば、こっちは負けない。勝ったら、情報を教えてくれるんでしょ? 聞きたいこといっぱいあるから、根掘り葉掘り聞かせてもらうからね!」

「そうこなくちゃ」

 西安はにっと笑い、手振りでついてこいとやりながら、ハイテンションな動きで移動を始める。別の練習場とやらに向かうようだ。

 俺達もスタスタと先に歩いて行く西安にやや距離をおきながら続いていく。

「ごめんね。あいつの言うとおり、ちゃんと見学とか申し込んでおけばよかったんだと思う。変なことに巻き込んじゃったね。出場停止はさすがにまずいから……」

 美佐姫先輩が俺達に謝る。確かに変なことに巻き込まれたとは思ったが、美佐姫先輩のせいだとは誰も思っていない。俺達は首や手を横に振ってそれを各々美佐姫先輩に伝えた。それを受けて美佐姫先輩も口角を上げて、自信の笑みで「でも」と、続きを切り出す。

「絶対勝てると思う! 勝ったら、秀煌の次の大会の出場メンバーとか、最近の記録とか、練習のやり方も、練習時間も聞き出せるから、むしろチャンスだよ、これ!」

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