29

 翌日、月曜日。小谷こやがアイパッドプロなるものを持って来た。そして、このタブレット端末がいかにすばらしいものであるかを語った。

「すばらしいよ。ありがとね。小谷君。やっぱりこういうことは小谷君に頼むものだね。私の目に狂いはなかった」

 美佐姫先輩がおだてると、小谷は小さな目を細め、にんまりと笑顔を浮かべる。とても幸せそうだ。わかりやすい。

「じゃあ、小谷君、ちょっとこれ借りるね。今日は、これでみんなの靴飛ばしの動画を撮ります。それで、自分の姿を見て、各自課題を見つけるように!」

 小谷からアイパッドプロを奪いとる美佐姫先輩。

「いや、先輩、貸すのはいいんすけど、関係ないところは絶対見ないでください。特に画像の非表示アルバムとか、ブラウザの履歴とか……」

 小谷が慌てている。

「うん。わかったわかった。じゃあ、誰から撮ろうかな……」

 そう言う美佐姫先輩の肩をガシッとつかんで、小谷は小さな目を見開き、真剣な顔で美佐姫先輩を見つめる。見つめ合ったまましばし沈黙。そして、小谷はトーンを落とし、言い聞かせるように言う。

「いや、マジで言ってんすよ……。非表示画像アルバムとか……絶対見ないでください……」

「……うん。絶対見ない……。怖いよ。小谷君……」

 小谷、お前、非表示画像アルバムとやらに何を入れているんだ……?

 動画で自分の姿を見ると、思ったより不格好だった。

 全員のを比べてみると、やはりミハイル君のフォームの美しさが際立つ。ミハイル君に比べると、俺もまだ無駄な力が入っていて、靴に力が伝わりきれていないように見える。

 40メートルの壁を越えるヒントが得られた気がした。まだ俺は成長できると確信した。美佐姫先輩は動画を撮ることで、それを伝えたかったのだろうか。慧眼恐れ入る。


 来週からテスト勉強期間に入るため、部活は二週間休みになる。

 後日、編集された動画が俺のスマートフォンにも送られてきた。スローで再生すると細かいところも分析できそうに思えた。それを見ながら、自分なりにどこをどうしようか考えることが多くなった。動画をヒントに、今後、各自課題を見つけて取り組んでいこうということで、この週は練習を行い、無事いい感じにテスト休み前の最後の練習も終えた。

 そして日曜日、俺達はまたしても美佐姫先輩に呼び出され、校門前に集まっていた。

 全員私服姿だった。練習はやらないから私服でいいと言われていた。俺はチェック柄のズボンに白いシャツだ。

 ミハイル君は青いシャツに黒いチノパン、小谷は赤いTシャツにカーキ色のカーゴパンツ、竹内は緑のTシャツにジーンズである。

「お前らJCBか!」

 と思わずツッコんでしまったが、

「お前らこそ、フランスか」

 と竹内に返された。

「イタリア……」

 ミハイル君にも……。

「何でもいいが、俺のことは赤い彗星の小谷と呼んでくれ」

 とか言っている小谷は無視しよう……。

 美佐姫先輩は薄手のパーカー、クロップドパンツの身軽な格好だ。今日もメイクをしていて、アイドルさながらのかわいらしさである。その美佐姫先輩が俺達を前に声を張り上げる。

「みんな集まったね! それじゃあ今日のイベントの発表です。竹内君お願いします!」

秀煌しゅうこう学園偵察大作戦!!」

「マジか!!」

 竹内の発表に俺と小谷が驚いて声を上げる。

 竹内は事前に知らされていたのか、余裕の笑顔で頷いている。

「秀煌学園の靴飛ばし部は当然のごとく、今日も練習していると、私は秀煌学園に通う友達から情報を得ました。これから、みんなで秀煌学園に行って、練習の様子を偵察しに行こう!」

 偵察! ちょっとワクワクするような響きだ。秀煌学園にも友達がいるとは、さすが美佐姫先輩である。竹内が補足に入る。

「ミハイル君もタカハシも、入ってから、俺と小谷の練習くらいしか見てないでしょ? お手本が少ないって言うか……秀煌の人がどんな練習しているのか見ておくだけでも結構参考になると思うんだよね」

 確かに、俺達は人数が少ないから、どうしても多様なプレイスタイルや練習方法に触れる機会がない。ネットに転がっている動画も練習方法までは網羅してくれない。何より宿敵秀煌学園の姿を見ておくことは、今後いろんな面で糧になるだろう。

「俺という最高のお手本はいるけどな」

 小谷がほざく。

「どこがだよ。お前だけは手本にしたくないよ。まあ、反面教師にはなるけど……」


 秀煌学園は我らが上川高校から徒歩で三時間くらいの近所にあるのだが、今回はバスに乗って行くことになった。

 学校近くのバス停からバスに乗り、秀煌近くのバス停に着いた頃には、時間も正午近かった。腹ごしらえをして、午後の練習から偵察できるようにしようという話になった。

 先週と同様、美佐姫先輩が男どもを引き連れる女帝スタイルで街を移動し、ファミレスでランチを取ることに……。バカみたいな話で和気あいあい一通り盛り上がったあと、これから偵察にいく秀煌学園の斉藤と門原もんばらの話題になる。

「そいつらが46メートルの自己ベストを持ってるって話でしたけど、高校四天王、残りの二人ってどうなんですか?」

 高校四天王残り二人について美佐姫先輩に質問してみた。

「残りの二人は、青森吉田高校の谷沢たにざわ君と、福岡第六高校の吉田君なんだけど、谷沢君は高校最強プレイヤーって言われてて、自己ベストは47メートル33。記録も安定してて、高校ってより、日本のトッププレイヤーの一人だよね」

 青森吉田の谷沢と、福岡第六の吉田。なんか名前がややこしい。

「吉田君の方は自己ベスト45メートル10。四天王の中では一番下の記録だね」

 さすが細かい数字まで覚えているところが靴飛ばしマニアの美佐姫先輩らしい。

「ああ、『あいつは俺達四天王の中で最弱』って言われるやつですね。噛ませ犬として俺の前にまず最初に現れるやつでしょ?」

 小谷の頭がおめでたい。また夢の国『小谷ランド』に旅行中のようだ。

「いや、それでも45メートルだからね」

 美佐姫先輩が釘を刺す。

「『小谷キャノン』が成功しても余裕で負けてるじゃん」

 俺が言うと、

「つまり、『小谷キャノン・改』を一日も早く完成させろということだな」

 小谷がまた何か言い出した。

「何だよ『小谷キャノン・改』って……普通の『小谷キャノン』もできてないくせに」

「『小谷キャノン・改』は通常の『小谷キャノン』を70回程繰り出すと閃くと言われている……」

「じゃあ、一生無理じゃねーか……。それはともかく、美佐姫先輩、秀煌には他に注目選手っているんですか?」

「う~ん。そうだねえ、門原君と同じ二年生で次の部長候補の小田おだタクト君とか……自己ベスト43メートルで、なかなかの実力者だよ」

「じゃあ、偵察の時はその二人を中心に見ておけって感じですかね?」

「でも秀煌は誰かがズバ抜けてるってより、全体的にレベル高いよ。本気で全国優勝狙ってるチームだから……。ベスト40メートル以上飛ばしてる選手はざらにいるよ」

 話を聞くほど、秀煌の強さばかり際立つ。そんなとんでもないチームを相手にしようとしているのか、俺達は。やはり2位狙いが現実的なのではないだろうか?


 楽しく食べたおかげだろうか、このファミレスでのランチはとてもおいしく感じた。満足感たっぷりに店を出てから、俺達は秀煌学園への道を歩いた。

 ほどなくして、秀煌学園の正門にたどり着いた。もちろん学校の敷地内に入るわけにはいかないので、校門はくぐらず、公道を使って裏手に周り、グラウンドなどのある方を目指す。

 周辺を歩きながら、俺達は嘆息した。

 さすが私立のスポーツ強豪校としか言いようがない。規模が違う。

「体育館いくつあるんだよ」

 そうつい口に出してしまうほど、体育館のような建物がいくつもあった。

 バレー部らしき女子達とすれ違ったりしたが、歩き方からして、スポーツできそう感がある。

 靴飛ばし部の練習場所は広い陸上グラウンドの一角である。そこに近づいたとき、熱気ある声が聞こえ、靴飛ばし部が練習している姿が見えた。

 部員は男女合わせて30~40人はいるようだ。

 あくまで偵察だ。俺たちは、あまり近くにはよらず、やや遠くから通行人を装って見ていた。

 さすがとしか言いようのない練習風景だった。ブランコが8台横に並んでいる。八人が同時にブランコで練習している。こちらから手前の4台は男子、奥の4台は女子が使っているようだ。

 さらに、家庭用ゴルフ練習場を思わせるような緑のネットに囲まれたゲージも存在しており、その中に立てられたブランコから靴を連射する選手の姿も見える。靴を飛ばして正面のネットにぶつけては、手の届くところに置いてあるカゴからすぐ新しい靴を取ってはき直し、次の靴を飛ばすのである。

 ブランコ一台をみんなで順番に使っているうちとは大違いの超充実の練習施設である。

 もう少し、じっくり見たいと思っていたところ、覗き見するのにちょうどいい金網を見つけたので、そこに移動して、俺と、美佐姫先輩、ミハイル君が前でしゃがみ、竹内と小谷がうしろに立って金網を掴んで少しかがみ、会話ができる体勢で練習の様子を見つめた。

 ブランコには乗らず、ブランコから飛んできた靴の計測に走ってばかりのやつも何人かいる、おそらく一年生だろう。「さんじゅうななてんにーごー!」などと記録を大きな声で叫んで伝えている。

 先ほどから、30m台後半の記録が当たり前のように飛び交っている。

「インターハイ前だから気合い入ってるねえ」

 竹内がつぶやく。言うとおり、秀煌は夏のインターハイに向けて、三年生を中心に練習しているはずだ。県予選敗退で三年生が引退しているうちとは違う。

「あれが斉藤君だね。秀煌のキャプテン。いま、あそこで一人ストレッチみたいなのやってる……」

 美佐姫先輩が、他の選手達の練習場所から少し離れた芝生のところに座って体をねじっているスポーツマン然とした男を指さす。例の怪我をした高校四天王か……。

「奥で何か飲んでる大きいのが門原君だよ」

 次はペットボトルの茶色い何かを飲んでいる、長い髪をうしろで縛っている大柄の男。あれが190センチ以上あるという、もう一人の高校四天王、門原。遠くからでも目立つ。

「でけえな」

 小谷が言う。小谷もデカいがそれ以上だ。

「『あるダン』のジェダンみたいです」

 ミハイル君が謎のセリフ。たぶん、何かのアニメのキャラクターだ。

「あーわかる、バイグランブレード持たせたらそっくりだな。もしくは『黒バス』の紫原……」

 小谷も同意。この二人はアニメの話で通じ合うことがある。俺にはさっぱりわからない。ちょっと勉強しようかな……。

「お、左から二番目の奴、40メートル超えたみたい……」

 竹内が報告。俺も見ていた。確かに左から二番目の選手の放った靴が40メートルラインを超えたようだ。

「誰だろ? ここからだと顔はよく見えないね」

 手でひさしを作りながら正体を探る美佐姫先輩。

「ねえ? 何してるの?」

 うしろからの突然の声に俺たちは一様に驚き、一斉に振り返る。

 やや小柄で日に焼けた茶髪の少年が立っていた。Tシャツの胸には秀煌学園のロゴと『西安』という刺繍が入っていた。

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