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 翌日の練習は、美佐姫みさき先輩が練習を手伝いに来た。

 人数の少ない部だから、人が一人増えるだけでも雰囲気は大きく変わる。ましてや、それが美佐姫先輩の場合、まさに劇的である。特に小谷こやのやる気がだいぶ違う。

「タカハシ君、ミハ君! 集合!」

 美佐姫先輩は俺とミハイル君を呼び寄せる。

「次の大会のことを考えると、まず、君たち初心者がどこまで伸びるかだからね。頑張ろうね!」

 小谷がその横で腕組みしながら頷く。「小谷、なんでそんな偉そうなんだ。どの立場だよ」とツッコんでみても、「美佐姫先輩の言うとおり、お前らがどこまで伸びるかだな……しっかり頑張れよ」とOBのような態度で返してくる。……お前も頑張れよ。

 それから、美佐姫先輩は初級者が取り組むべき課題を俺達に説明してくれた。

「まずはブランコを大きく漕いで乗りこなすことが大事なんだけど、その練習ばっかりだと飽きるでしょ? だから、今度は逆に、ブランコを漕がずに、止まったブランコから靴を飛ばす練習をするの。今日はブランコ練習の後で、その練習やろうか」

「わからないことは、俺に聞いてくれ、なんでも教えてやるぞ!」

 小谷がしゃしゃり出てくる。昨日あんなにやる気なさそうだったくせに……。

 その日の練習の間、美佐姫先輩は俺たち四人の動きを見て、その都度声をかけ、アドバイスをくれた。竹内に渡したファイルからもわかるように、美佐姫先輩は靴飛ばしをよく研究していて、知識が豊富だった。休んでいる時は、話し相手になってくれた。何気ない会話をするだけでも幸せな気持ちになれた。

 美佐姫先輩の存在はいろいろな意味で部を変える。

 女子として彩りを添えているというものあるけど……そこが小谷にとって、いや、小谷に限らずたぶん俺達男にとって大きい部分なのは間違いないけど……それだけではない。美佐姫先輩はリーダーであり、ムードメーカーであり、コーチであり、サポーターだった。

 技術面でもメンタル面でも貢献度が大きくて、いてくれると心強い存在であることを、俺はこの一日の練習で思い知った。

 美佐姫先輩の提案で、その日の練習の仕上げに、みんなでブランコを使わず、立った状態から靴を飛ばすゲームを行った。地面に引かれたラインから誰が一番靴を遠くに飛ばせるか……。

 このゲームには自信があった。サッカーでやってきたシュート練習の感覚が使える。

 案の定、他のメンバー達は30メートルに大きく届かなかったのに対して、俺は32メートル程度飛ばし、圧倒的と言ってもいいレベルで一位だった。

「すごい。タカハシ君! ブランコ無しでこれだけ飛ぶってことは、ブランコと合えば絶対誰にも負けないくらい飛ばせるよ!」

 美佐姫先輩が喜んでくれた。かなり自信になった。


 その翌日も美佐姫先輩はやってきた。全体でのトレーニングメニューを終えたあと、美佐姫先輩が言う。

「次の大会、勝利のカギを握っているのは小谷君だと思うんだ」

「当然です!」

 小谷が目を輝かせ、胸を張る。

「というわけで、今日は小谷君の日だよ。『小谷こやデー』だよ」

「俺の日……」

「今日こそ、あの40メートルを再現してみようよ!」

 美佐姫先輩によって、今日が小谷デーに制定された。

 確かに小谷の40メートルがいつでも再現できるようになれば、常時40メートルクラスの試技ができれば、我がチームにとって、これ以上の武器はない。

「任せて下さい!」

「とりあえず、一回やってみてよ」

 小谷がブランコに乗って、一回やってみせた。

「キャッチャー‼」

 竹内が叫ぶ。

 靴はほぼ真上に高々と上がっていた。

 小谷の靴はブランコの数メートル前にポトリと落ちた。

「あ、つい野球部の時のクセが……」

 竹内が決まり悪そうに言う。今のは小谷の靴が完全にキャッチャーフライだったから仕方ない。

「あの時、どうやったか覚えてる?」

「ああ、あの時は、11の靴だったんすけど、11だとデカすぎて落ちやすいんすよ。何度もやってるんですけど……、同じようにやってるはずなのに、どうしても靴が下に落ちるんすよね……」

 美佐姫先輩に聞かれて、ブランコの上から小谷がボソボソと語っている。

「だから最近10でやったりするんすけど……10だと今みたいに上に上がっちゃうんですよね」

 11とか10とかは靴のサイズのことだ。

「その時11だったなら、もう一回できるまで11でやってみようよ。一回できたんだから、できるはずだよ!」

 美佐姫先輩の励ましに、小谷は頷き、カゴから靴を選び始める。

「今日最後まで、40メートル出せなかったら、小谷君のこと、これから『こたに』君って呼ぶからね。『こや』から『こたに』に格下げだから!」

「な……!」

 突然の宣言に小谷は驚きの表情だ。そこに竹内が顔を突っ込んでくる。

「確かに分類学上、40メートル未満だと『コタニ』40メートル以上だと『コヤ』だからね」

「出世魚かよ!」

「『コタニ』、『コヤ』、『ブリ』……」

「最終的にブリ⁉」

 竹内と俺のそんな掛け合いをよそに、

「く……コタニになってしまったら……大谷おおたににバカにされてしまう……」

 小谷は本気でいやそうだ。いや、仮にコタニになっても大谷からはバカにされないと思うぞ……。

「でもね。小谷君、40メートル出せばいいんだよ! 40メートル出したらかっこいいよ!」

「かっこいい……?」

「うん。もう誰も小谷君のことをバカにしないし、もう誰も小谷君のことをコタニなんて呼ばなくなるよ」

 美佐姫先輩の言葉は、小谷のやる気に火をつけたようで、俺達にブランコを譲らない勢いで小谷は練習を繰り返した。

 だが、その甲斐もなく、小谷は何度も、靴を落とし続けた。もしくは落とさないように大事にいきすぎて10メートルそこそこしか飛ばないというしょぼい結果を出し続けた。

 練習終了時間になり、結局、最後の一回も……

「ああ~~!」

 思い切り足を振ったものの、靴は地面にたたきつけられ地面を無残に転がるだけだった。

「はい!『こたに』決定!」

 美佐姫先輩の号令により、小谷は正式に「こたに」に改名された。

「ドンマイ。小谷こたに

「しょうがない、コタニ。また、コヤに戻れる日を夢見て頑張ろう」

「コタニさんまたあしたがんばりましょう!」

 さっそく俺、竹内、ミハイル君が小谷こたにを慰める。

 美佐姫先輩も……。

小谷こたに君、気を落とさないでね。コタニに落ちても終わりじゃないから。また40メートル出したら、コヤに戻れるから。小谷こやに昇格できるように頑張ってね。小谷こたにくん! キミはコタニで終わるような器じゃないでしょ?」

 それにしても、完全に「こたに」は格下ということになっている。失礼な話だ。全国の「こたに」さんに怒られるぞ。

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