22
六時を過ぎてもまだ外は明るい。練習を終えると、俺たち四人は、学校近所のカフェチェーン風喫茶店『
セルフサービス形式。レジに並び、各自飲み物を注文し、小さなトレイに載ったそれを受け取ってから空いていたテーブル席に座る。
「まあ、小谷は早漏を直さないとね」
全員が席に着いてから、竹内が開口一番そんなことを言うので、隣のテーブル席で会話をしていた四人組の主婦と思われるご婦人達がピタリと会話を止めて一斉にこちらを見る。
「こら竹内! 声でかい! ってか言い方!」
俺がたしなめる。ご婦人達も、自分たちの会話に戻っていった。
「まあ……確かに、練習試合で負けたのは俺が決めきれなかったことが大きいからな……そこは悪かったと思ってる」
小谷が珍しく謝る。
「いや、確かに小谷のせいで負けたけど、気にすることないよ」
竹内が励ます。
「そうだよな。じゃあ、気にしないことにする」
小谷が立ち直った。
ミハイル君の様子を伺う。こういうときも笑顔を絶やさず、話を聞いている。日本語はかなりできるはずだが、それでも専門的な日本語になるとおそらく伝わっていないだろう。俺たちの会話をどのくらい理解しているのか心配になってしまう。
「ミハイル君のやつ、うまそうだな」
「アイスカフェラテです。……うまいですね」
俺のプレーンなアイスコーヒーに比べて、グラデーションのかかったおしゃれな雰囲気だったので話を振ってみたが、普通に返ってきて、ちょっと安心する。
ミハイル君はあまり自分から話をしないし、自己主張もしないが、よく空気を読んで、なじもうとする。「日本人的」だなと思う。そういう性格だからこそ、日本が好きになったのかもしれない。
いつもニコニコして、決して周囲を不快にさせず、やさしいオーラを出しているミハイル君はどこかマスコットキャラクターのようである。
「小谷、よくホット飲むな……暑くない?」
「あつい……だが、それがいい。これが男の
小谷に声をかけると、成立しているのかよくわからない答えが返ってきた。
そんな俺たちの様子を見ながら竹内はう~んと悩ましげにしている。
「十月の大会までにはなんとかしないとね……タカハシとミハイル君はまだ初心者だし、小谷は早漏だし…………まあ、大変そうだけど……」
「な、竹内、十月の大会って県大会?」
十月に大会があるとは聞いていたが、詳しいことを知らなかったので聞いてみる。
「そう。十月に県大会、十一月関東大会、十二月に全国大会って流れだね。行けたらだけど……。一応ミハイル君も十二月までは日本にいるんだよね?」
「はい。でも十二月に帰るので、もしかしたら……?」
ミハイル君は首をかしげる。
「そか、日取り次第じゃ、全国大会前に帰っちゃう可能性もあるのか……」
「でも、たぶん……だいじょうぶ。全国なら……日本に残ります」
探り探りの日本語だが、言いたいことはよく伝わった。もし全国大会に行けるなら、その時まではどうにか日本に残るつもりらしい。
「そもそも、全国行けるの?
俺は竹内に質問をぶつけた。
「いや、秀煌に勝たなくても行ける可能性あるよ」
「そうなの?」
「上位二校は関東大会に行ける。だから二位でも関東大会には行けるんだよ……」
竹内の説明によると、大きな大会は、秋の大会と、夏の大会の二つある。秋の大会は、新チームになってから初めての大会なので、新人戦と呼ばれることもある。秋の大会は県予選の上位二校が関東大会へ。関東大会の上位四校が全国大会に行ける。全国大会に出られるのは二十数校ということだ。夏の大会はまたちょっと違うらしいが、ややこしくなるので、今は「とにかく」の話をしよう……。
「とにかく二位でも関東には行けるんだな……秀煌がやたら強いことを考えると二位狙いというのが現実的なのかもしれないな……いや、始めから二位狙いなんて、言ってて情けなくなるけど……」
「県内だと、秀煌がほとんど一強だけど、
ミハイル君が大きく頷いた。普段大人しくしているミハイル君の意思を感じた。
確かにそうだ。やるからには勝ちたい。時間をかけて練習して、大会に出場するのだ。それを無駄なものになんてしたくない。ミハイル君だって、大切な留学の時間を割いて部活に参加してくれている。いい結果を残して喜びたいのは当然だ。
二位狙いもやむを得ないと思わせるほどの秀煌学園。その秀煌学園に勝って優勝、そんなことがもし実現できたらどれだけの喜びがあることだろうと思いつつ、そこに全く現実味を感じないというのが正直なところだった。
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