21
俺の靴飛ばし練習が本格的にスタートした。
練習メニューは、先輩達から代々引き継いでいるものらしかった。
まずは全体でランニングや、アジリティトレーニング、体幹のトレーニングなどを行う。こういったトレーニングが靴飛ばしに必要な身体を養うのだという。これがなかなかキツいのだが、俺はサッカー部で似たようなことを散々やってきているので問題ない。
昨日の練習試合で、俺は自分がまだ何も知らない素人であることを思い知らされていた。自己流でやって記録はそれなりに出たが、飛ばし方の感覚はまったく掴めていない。ちゃんとやり方を教わる必要があった。
「靴を飛ばす前に、まずはブランコの乗り方からだね」
ブランコを前に、竹内が俺を一から指導する形になった。ミハイル君も近くで一緒に話を聞いている。小谷は離れたベンチに座ってミハイル君の持ってきたマンガ雑誌を読んでいる。
「ブランコは振り子運動をするわけだけど、運動エネルギーと位置エネルギーってのがあって、この二つのエネルギーは入れ替わりながらも、エネルギー保存の法則があるから合わせた大きさはいつも同じで、運動エネルギーが大きいとき位置エネルギーは小さくなるし、位置エネルギーが大きいとき運動エネルギーは小さくなるってのは中学で習ったじゃん?」
竹内は左手で振り子の支点、右手を振り子のおもりに見立てて、両手で振り子を表現しながら説明する。
「ああ、なんとなく。要は運動エネルギーが速さで位置エネルギーは高さってことでしょ?」
振り子は一番高いところで一瞬止まる。このとき位置エネルギーがマックス。運動エネルギーがゼロ。逆に一番低いところで運動エネルギーがマックス、位置エネルギーはゼロ、一番スピードが出ている瞬間だ。
「そう。靴飛ばしは運動エネルギーを利用して靴を飛ばすわけだから、運動エネルギーを大きくするためにはなるべく位置エネルギーを大きくする必要があるよね。そのためには、なるべく高くブランコを漕ぐ!」
「いろいろ言ってたけど、要はブランコをなるべく高く漕げって話か……」
「そう。でも、やってみると難しいんだよ。地面と平行を目指せって。振り幅180度……。分度器を逆さにしたような形になんなきゃいけないって、先輩達は言ってたよ」
そう言いながら竹内は振り子のおもりを表現していた右手を大きく振って、支点を表現していた左手と同じ高さになるまで上げて、振り子を表現する。
「自分では、水平まで行ったかなと思っても、実際には扇子を広げたくらいまでしか行ってなかったりする。135度とか。150度とか。そこからさらに上げていく勇気が必要なんだよ」
勇気……そうか……。確かに、180度の振り幅でブランコを漕げば、
「すごい人だと180度よりも高く漕いだりするの?」
高く漕ぐほど勢いが出るなら、鉄棒の大車輪のように、一回転する勢いでやったらどうなのか……と思い、訊いてみる。
「う~ん、一応、ブランコの構造上、水平よりも上にはいけないようになってるんだよね……」
と言いながら、ブランコのワイヤーの頂上を指し示す。見ると、ワイヤーと
「ワイヤーは曲がるから、水平まで漕ぐと慣性の法則で、若干それより上に上がるけど、それを超えて上に上げようとしても上手くいかないんだよ。振り子運動が崩れちゃうから。だから、実質水平がマックスだと思っといて……」
「オーケー」
「まあ、実際には高く漕ぐほど、勢いは付くけど、体勢を整えるのが難しくなって、靴を飛ばすのは難しくなるから、180度も漕がない選手が多いんだけどね。先輩達もマックスまでは漕がずに、その分、飛ばしやすい姿勢になるように調整してやってたし、世界にもあんまり高く漕がないですごく飛ばす選手もいっぱいいるしね。でも、最初からそれを狙うと小さくしか焦げなくなっちゃうから。最初はとにかく大きく漕ぐ練習からやるんだよ」
「なるほどね」
単純に見える靴飛ばしも、なかなか奥が深いものだと思う。
「ブランコには浅めに腰掛けて乗るんだよ」
「浅く? こんくらい?」
「うん。深く腰掛けると、膝だけしか使えないから、膝を痛めやすいし距離も伸びない……」
「立って漕ぐのはダメなの?」
「うん。反則。さすがに危ないからね。……じゃ、ワイヤーをしっかり持って……」
ブランコは相変わらず高くて怖かったが、まずは、それに体を慣らさなければならなかった。
ブランコに乗るなんて、誰でもできるように思えたが、地面と平行になるまで漕ぐとなると、なかなか難しかった。恐怖心も働くし、漕ぐのがまだ下手なのだろう、思い切り漕いでも、なかなか水平まで上がってくれない。それでも、なんとか、水平くらいの高さまで上げることができた。
「上まで漕いだら、ミハイル君と交代ね!」
ブランコは一台しかないので、長い時間占領せずに、早めに他の人にブランコを譲る必要もあった。長時間乗っていると、酔って気分も悪くなるから、気分が悪くなる前に……という意味でも、早めに切り上げる必要があった。
最近入ったばかりのミハイル君も、ブランコを高く漕ぐ練習を入ってからずっと続けているようだ。
基本的には、四人で一つのブランコを交代で使い、各々自分の練習をする形だ。俺やミハイル君はブランコ練習のみだが、竹内や小谷は最初だけブランコを乗り慣らして、あとは実際に靴を飛ばす練習に移る。靴を飛ばしては、靴を拾いに行き、飛んだ距離をメジャーで確認していた。途中休憩を入れつつ、この流れを部活終了の時間まで続けるというのが通常の練習メニューらしい。
竹内の靴飛ばしは安定していた。練習試合の時見せたようなスタイルで常に30メートル台の記録を出している。
一方、小谷は靴を安定して飛ばすことができずにいた。
練習試合の時のように、靴を落としたり、飛ばしても軌道が低すぎたり、逆に上に高く上げすぎたり……。その都度、靴のサイズを変えたり、靴下を脱いだり、履いたり、試行錯誤しているようだった。
竹内と比べると、やはり小谷の動きはどことなく、不器用でぎこちないものに感じられる。とはいえ、俺にはどうすることもできない。小谷本人が試行錯誤の末、いい形を見つけるしかない。
自分の番が来るまでは、世間話などをする時間が多い。全体的にまったりした時間が続く。
小谷は気分が乗らないと「休憩だ」と言って、しょっちゅうサボってベンチでマンガを読み始める。休憩の回数が多く、長い。
「今日はちょっと調子悪いからもういいや」
と、小谷は練習時間終盤で練習をいち早く切り上げた。残りの時間は3人でやってくれと言う。
逆に、ミハイル君は真面目で、毎回真剣に練習していた。それに、気遣いもみせていた。自分の番が終わりブランコから降りたあとも、ブランコはやや揺れているものだが、ミハイル君は必ずその揺れを手で止めてから、笑顔で「どうぞ」という仕草をして、次の人にブランコをわたすのである。俺もそれに倣って、なるべく揺れを止めてから次の人に渡すことを心がけることにした。
練習の時間が終わると、用具を片付けて、部室前でまた何気にキツい筋トレや、整理体操をやって終わりとなる。
全部終わると六時……というのがこの部の流れだった。
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