20

 あの最後の試合、俺は2点決めた。

 触らなければ、外れていた相手のシュートを必死に止めようとした結果、軌道を変えてゴールに入れたのが1点目。キーパーに渡すつもりで蹴ったバックパスが、キーパー不在でそのままゴールに入ったのが2点目。

 両方自殺点だ。オウンの方のゴールだ。

 三年生の先輩達にとって最後の、インターハイのかかった大事な試合だった。

 試合中、「切り替えろ!」「最後まで諦めるな!」と先輩達に何度も声をかけてもらった。

 なんとか取り返そうと必死で戦ったが、守りを固め、パス回しで時間稼ぎに出た相手からゴールを奪うことはできず、そのまま、試合は0対2で終わった。

 結果的に、ゲームの全得点を俺がたたき出したことになった。

 ただのミス。仕方がない。一生懸命やった結果だ。

 他の人がやらかしたなら、そう思ったかもしれない。しかし、自分がやらかしたとなると、そうはならない。

 その時の俺は、ちょっとどうかしていた。自分への怒りで冷静さを欠いていた。悔しさと、イライラ、申し訳なさ、いろいろな感情が入り交じり、脳みそは初心者の子供にこねくり回されるルービックキューブのように混乱していた。

 もし手元に包丁があったら、「これでいいですかね? これでみなさん満足ですか? あはは……」と笑いながら、自分の身体をめった刺しにしていてもおかしくないような状態だった。……包丁がなくてよかった。

 普通に「クソ!」とか「悔しいです」とか言えばよかったのかもしれない。そうすれば、多少気が晴れて冷静になれたのかもしれない。しかし、その時はなぜか、それを表に出したくなかった。わずかに残ったありったけの理性を振り絞り、冷静を装おうとしてしまった。…………いや、そうじゃないか……? 無理に逆をやろうとした。……のか?……なんと言っていいか、自分でもわからない。

 とにかく、頭に血が上るあまり、少し変になっていた。変だった。どうかしていた。

 だから、あんなおかしな行動に走ってしまった。

 試合終了後、集まって相手チームと挨拶をする段になり、ぞろぞろ集まってきた相手チームの選手たちに向かって、俺は、

「いやあ、いい試合でしたね。ということで、引き分けってことになりましたけど……。いい試合だった! 決着はジャンケンすかね?」

 と、おどけてジョークを放ったのだ。

 そんなことを言いながらも、俺の腹の中は溶岩を飲み込んだ人のように煮えくりかえっていた。

 相手チームの選手たちは、アハハハ、ゲラゲラと笑って、俺に近づき、肩を叩いたり、肩を組んできた。「ありがとう」「君のおかげだよ」と礼を言われた。

 チームメイトであるところの先輩達は、睨むか、目を合わせてくれなかった。冷たい空気だけが流れ続けていた。

 少し時間が経ち、冷静さを取り戻したあとの俺は恐怖に襲われていた。

 ……俺は何をしていたんだろう? 先輩達の大切な試合だったはずなのに……。

 試合後のミーティングで監督が話を始める。最後の試合となった三年生へのねぎらいの言葉だった。いつ、俺の自殺点の話になるのか、気が気ではない。話は全く頭に入ってこない。

 監督は俺の自殺点に触れないまま、話を続けている。みんなが俺をチラチラ見てくる。いっそのこと、俺を指さし、「こいつが全部悪い。こいつのせいだ」と言ってくれた方がまだ楽だった。結局俺の話になることはなく、監督の話は終わった。いたたまれず、家に逃げ帰った。

 自殺点については、試合中謝っていた。が、自殺点を2点も入れておきながら、あんな態度をとってしまったことについては謝れなかった。タイミングもチャンスも失っていたし、俺のしたことは、謝るには自発的すぎるように思えた。先輩の最後の試合で自殺点を2点入れた上にふざけた。……謝ったところで説得力がなく、火に油を注ぐだけのように思えた。いや、後からでも、先輩達にあの時は悔しさのあまり混乱していたと、きちんと事情を話して謝るべきだったかもしれない。でも結局それもできなかった。……怖かったのだ。

 翌週、俺は新キャプテンに退部を願い出た。辞めるとき、足を切り落とすとか、何か落とし前的なものを付ける必要があるのかと身構えたが、退部届を出せばいいだけだった。

 世代交代したばかりだから、退部届は同学年に出せばよかった。先輩に出しに行くよりははるかに気が楽だ。先輩達がもう引退していたおかげで、部活を辞めるという最も切迫する場面を最小ダメージで切り抜けられた。まあ、引退させたのは俺なんだけど……。

 とは言っても、俺の自殺点がなかったら勝っていたというわけでもないから、あの試合の負けは俺のせいとも言い切れないという客観的事実もあることは言っておこう。俺の名誉のために……。

 いや、もっと言うと、うちのサッカー部はそんなに強いわけじゃない。人数も少ない。なにせ、俺が試合に出られるくらいだ。仮にあの試合で勝っていたとしても、どっちみち次か、よくてもその次の試合で負けてただろう。

 退部は「あ、そう。まあ、しょうがないよね」といった感じで、あっさり認められた。「考え直せよ」「またやり直せばいいじゃないか」「先輩たちもいなくなる、これからは俺たちの世代じゃないか」「お前が必要なんだよ」「来年お前無しで、俺たちどうしたらいいんだよ」と、涙ながらに止められることもあるかもしれないと思い……「いや、止めてくれるのは嬉しいけど、俺、もう決めたんだ」的なかっこいい返しを、あれこれシミュレーションしていた。

 思っていたより止められなかった。いや、全く止められなかった……。

 止められることを想定して用意しておいたセリフのほとんどは無駄になったが、

「どっちみち、高校でサッカーは辞めるつもりだったし、それがちょっと早まっただけだから」

 というセリフだけはシミュレーション通り、言い残してきた。


 ――話は……結構ウケた。先輩達が笑い話として聞いてくれたのだ。

 遠い過去の失敗談のような気分で話すことができた。俺としては、結構トラウマものの経験だったのだが、おかげで気が楽になった。

 遠藤先輩は、ズケズケ質問をする代わりに、それを重く受け取らずに聞くのが上手かった。俺も途中から、話すのが楽しくなって、もっと面白い方に盛りたくなったほどだ。世の中いろいろな才能があるんだなあと思う。

 そのあと先輩達は、サッカー部のあの先輩と同じクラスだとか、俺と共通の知り合いを話題にしてくれた。

 やがて食事会はお開きとなり、店の外で輪を作り、別れの儀が執り行われた。

「じゃあ、後輩諸君。ご馳走様でした! 十月の新人戦、頑張って!」

 久米先輩がシメの挨拶をする。

「ミハ君もね」

 美佐姫先輩がミハイル君にエールを送る。

「はい。がんばります」

 ミハイル君の笑顔と明るい声に妙に安心する。ミハイル君はあまり自分からしゃべるタイプではないから、楽しんでいるだろうかと心配になってしまう。入ったばかりの俺が心配するのはおこがましいのかもしれない。

 そのまま解散となり、それぞれの帰る方向へ歩き出す。

「タカハシ君、ありがとね。おかげでメンバー揃ったし、練習試合もできたし、楽しかった」

 帰り際に美佐姫先輩に声をかけられた。

「うす」

「明日から練習、頑張ってね。じゃあね」

 と手を振る美佐姫先輩に、手を振り返す。

 先輩達や、ミハイル君や小谷の背中を見送る。何人かは自転車を押して楽しそうに話しながら歩いている。

 気付いてしまった。俺だけ帰る方向が違う。みんな途中まではあっち方向なのに……。なんか寂しい。

(俺がいなくなってからあっちの方で二次会とかやらないよな?)

 変な被害妄想を抱きながら帰宅した。

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