18
「ちょっと自信ないです……」
自分の番を告げられ、ミハイル君が俺に言う。励ましてやりたいが、俺も同じことを言いたい立場以外の何者でもない。
「頑張れ、ミハイル君!」
そう言って、律儀にお辞儀するミハイル君を俺は送り出す。
ミハイル君がブランコを漕ぐ。
ミハイル君は入部間もないが、これまでブランコ漕ぎの練習をひたすらやっていた。そのため初心者には難しい大きな漕ぎもできている。高さにも怖がらず落ち着いている……というのは、竹内の解説だ。
ミハイル君は、スパッと靴を放った。ほとんど初心者のはずなのに、無駄のない綺麗な動きだ。余計な力が入っていないのがわかる。
靴はつま先の方から、まっすぐ飛んだ。そのまま、ゆるやかな放物線を描いて、つま先から地面に落ちた。今日見た中で、一番綺麗な飛び方だと思った。
余分な味付けのない基本通りの靴飛ばしである。
「ナーイス!」
と、竹内がミハイル君に拍手を送る。
「28メートル60!」
小谷が記録を読み上げる。初心者のミハイル君が28メートル。初心者にしては好成績だということはこれまでの流れからわかる。「おー!」パチパチと、三年生チームの先輩達からも声と拍手が上がる。
ブランコから降りたミハイル君は周囲の拍手に恐縮するように、両陣営に深くお辞儀をする。
次は三年生チーム三人目、細山田先輩の番だ。
「細山田先輩は強いのか?」
「うん。まあ、普通かな」
細山田先輩は見た目も地味だが、靴の飛ばし方にも目立った特徴がないタイプだった。でも、さすがに三年生だけあって、動きが素人ではない。きっと、この動きを何度も繰り返してきたんだろうという、自信のようなものが見て取れた。
靴も、しっかりと飛んでいた。
「オッケイ!! 33メートル39!」
遠藤先輩が叫ぶような声で記録を伝える。
「うん、まあまあかな」
細山田先輩は頷き、美佐姫先輩とハイタッチを交わす。
そして、いよいよ俺の番だ。
俺はまだブランコの乗り方もろくに練習していない。でも、自信はあった。俺にはサッカーで鍛えた足がある。その脚力を生かし、足の力だけで遠くに飛ばせるはずだ。ブランコは下手に大きく漕がない。みんなの半分くらいでいい。その分、飛ばしやすい姿勢が取れるようにしよう……。
俺はブランコに乗る。相変わらず高い。怖いくらい高い。
二回目だ。試合だ。怖い怖いなどと言っている場合ではない。記録を出したい。
ブランコを漕ぎ、少しずつ高さを上げ、飛ばしやすそうな高さと、タイミングを伺う。
実際にやってみると、端で見ているのとは違うことを思い知る。どのタイミングで、どういう体勢で靴を飛ばしていいのかわからなくなってくる。飛ばせそうな形を探して、何度も行ったり来たり往復してしまう。
「言ってなかったけど、ブランコに乗ってから2分以内に靴を飛ばさないとファウルとなるからね」
と横から竹内に注意を受ける。ちょっと焦る。
「今日はいいよ! 自分のタイミングで」
すかさず久米先輩から助け船が出される。気持ちを立て直し、集中する。キュッキュッと、ブランコの軋む音が聞こえる。
中学時代、何度も繰り返したシュート練習を思い出す。
あのイメージを靴にたたき込むのだ……。
俺はタイミングを見計らって、思いっきり左足を振り抜き、靴を前に飛ばした。
思惑通り、靴はシュートを打った時に近いイメージで飛んでくれた。結構飛んだ。今の俺にとってのベストは尽くせたと思う。
「32メートル88」
細山田先輩が記録を読み上げる。32メートル88。前より、ずっといい記録だ。
ブランコの勢いで飛ばすというより、自分の足で飛ばす方が今の時点ではうまくできるだろうという直感は正解だったようだ。これにブランコの力をもっと利用できるようになれば、もっと飛ばせるようになるはずだ。
「いやあ、いきなりぶっつけ本番でここまで飛ぶなんて、さすがだね」
という久米先輩からの賛辞をきっかけに、ここから数分間、俺とミハイル君が入ってくれて本当によかったといった内容の褒め言葉をあれこれ先輩方から気持ちよく頂戴したのだが、それを細かく話しても自慢っぽいだけなのでやめておこう。
三人ずつが終わり、細山田先輩によってここまでの合計が発表された。目立つところのないと思われた細山田先輩だったが、なんと暗算で合計を出すという離れ業をやってのけた。公文式で鍛え上げたという驚異の異能力である。
三年生チーム96メートル97。そして俺たち現役チームは97メートル73。なんと、こちらが若干リードする展開である。とはいえ1メートル以内の僅差。勝敗の行方は、久米先輩と、小谷のエース対決に託された。
「まさかのリードを許す展開か……。ミハイル君とタカハシ君がここまでやるとは思わなかった。これはちょっと気合い入れないとな……」
久米先輩がそうつぶやいて、ブランコに歩み寄る。
「なあ、竹内、久米先輩は強いのか?」
「うん。まあ普通かな」
「みんな普通じゃねーか!」
「ウソ。久米先輩はうちのエースだった人だから、比較的強いよ」
「なんだよ比較的って、普通に強いでいいじゃねえか……」
そんな話をしながら、久米先輩の番をじっと見守る。久米先輩は躍動感にあふれる動きで、靴をミサイルのように斜め上に発射する。靴は綺麗にアーチを描いて、遠くに落ちる。
「35メートル26!」
細山田先輩のコール。「よっしゃ!」という、三年生チームの歓声。さすがは前の部長。久米先輩はここまでで最高の記録を出すと、慣れた動きでブランコの揺れを止め、ブランコから降りると「しゃあ!」とガッツポーズ。盛り上がる三年生チームのメンバーとハイタッチを交わす。
「よし。これはお好み焼き確定だね。さあ、後輩諸君、驕るためのお金、準備できてる? ATMとか行くなら今のうちだよ~!」
美佐姫先輩があおってくる。
「くっ……いや、まだ、まだ、わかんないっすよ! まだ諦めませんよ! 『諦めたら、そこで試合終了』って俺の恩師が言ってましたから」
竹内が応戦する。
「あ、それ私の恩師も言ってた」
「私の恩師も言ってました」
美佐姫先輩とミハイル君。
俺の恩師も言っていた。どうやら恩師はみんなそう言うらしい。あるいは、その恩師は同じ人なのかもしれない。
「そうだ、竹内、よく言った。あとは俺に任せろ」
後ろから声が聞こえた。声の人物は俺と竹内の横を通り過ぎ、ゆっくりと前に出てきた。小谷である。
「先輩達、もう勝った気でいるようですけど、もう一人、俺が残っていることをお忘れじゃないですか? 俺が36メートル50センチ以上を飛ばせば、俺たちの逆転……。そうですよね?」
小谷の言葉に、三年生達は静まり返る。息を呑む音が聞こえそうだった。
「まあ、見てて下さいよ……」
小谷は、けだるそうに肩に手をやり、首を横に左右に倒しつつ、ゆっくりブランコへ近づき、そして乗る。
小谷の自己ベストは40メートルだ。自己ベストこそ出なくとも、36メートル50を出せれば、勝利は確定する。
ブランコを漕ぎ、徐々に高さを上げていく小谷。そこにいる誰もが、その様子を固唾を呑んで見守っていた。小谷は背も高く、その分、足も長い。遠心力が大きく働いて飛びそうな気がする。
小谷の大きな身体が躍動する。ブランコが十分な高さまでせり上がる。
「あ」
誰ともなく声を上げた。振り上げた小谷の足から靴がボテリと下に落ちた。
「はい。0メートル!」
久米先輩が宣言した。試合終了。
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