17

 計測は三年生と小谷こやで行い、試合初心者の俺とミハイル君のために、竹内が近くでいろいろ解説してくれることになった。

「竹内、この試合勝ち目あるの? 驕り確定?」

「いや、結構不利だけど、勝負はやってみないとわからないよ。靴飛ばしは結構運ゲー要素強いから」

「運ゲーね……」

「風とか、靴の飛ぶ向き一つで大きく記録が変わっちゃうから。それがいいところでも悪いところでもあるんだけどね」

 三年生チーム一人目の試技は美佐姫みさき先輩。靴飛ばしの実施のことを「試技」と呼ぶらしい。

 右足だけ競技用の靴に履き替えて、「はい、松林行きます」と、チームメイトに手を振り、美佐姫先輩がブランコを背にして立つ。ワイヤーを掴み、両足でジャンプして飛び乗る。肘でワイヤーを抱えて安全ベルトを取り付ける。動きも、動作の一つ一つが、洗練されている。無駄がない。やはり競技なんだなと思う。

 ブランコから少し離れたところで、俺と竹内とミハイル君は並んでその様子を見ている。三年生チームのメンバーは向かい側にいる。

「解説の竹内さん。美佐姫先輩の実力ってどんなもん?」

「そうだねえ、女子にしてはかなりできる方だよ。34メートルくらいが美佐姫先輩の自己ベストだよ」

 美佐姫先輩がブランコを漕ぎ始める。凜々しく、真剣な表情。ブランコは、徐々に高く上がっていく。ただでさえ高いブランコ。美佐姫先輩は表情を変えず、恐怖でためらう素振りも見せず、力強く、さらに高く上げていく。

 やがて、ブランコが後ろに来たとき、美佐姫先輩の左右揃っていた両足がほどかれ、右足が振り上げられる。バックスイングだ。

 ブランコが前に来たタイミングで、靴がシュパッと放たれる。美佐姫先輩の伸びた右足が高々と空に掲げられている。

 靴は気持ちよさそうに飛び、やがて地面に落ちる。

 美佐姫先輩は器用に腕や体を前後させ、ブランコの揺れを抑え込む。手綱で暴れ馬でもいさめるようだ。さっきまで大きく揺れていたはずのブランコは、あっという間に揺れ幅を小さくしていく。すっかり大人しくなったところで、美佐姫先輩はブランコを降りる。この前初めてブランコに乗ったとき、止め方を美佐姫先輩が教えてくれたが、できるようになると、こうやってすぐ揺れを止めることができるものなのだと知る。美佐姫先輩は「ね、ね、ね! 今の! いい感じじゃない!?」とはしゃいでいる。

 美佐姫先輩の靴飛ばしは、ブランコに乗るところから、降りるに至るまで美しく洗練されていた。見入ってしまう。ミハイル君が感動する気持ちもわかる。

 あらかじめ計測に走っていた久米先輩がメジャーを靴の落ちた場所に合わせて計測、小谷がその横でその様子を見ている。

「30メートル15!」

 久米先輩が記録を伝える。

「やったー!! 30超えた!」

 両手を挙げて好記録に喜ぶ美佐姫先輩を「っしゃー、ナイス!」と細山田先輩や遠藤先輩もハイタッチで出迎える。

 こちらからは竹内。

 試合用の靴に履き替えると、「じゃ、言ってくるわ」と、のそのそブランコへ。

 竹内がやるのは初めて見る。

 竹内はブランコに乗ると、膝の曲げ伸ばしを駆使しながら、ゆっくりとブランコの勢いを強めていく。ブランコの漕ぎ方の印象は美佐姫先輩の時とはだいぶ違う。ルーティーンのように洗練された美佐姫先輩の動きと違って、竹内は、一漕ぎ一漕ぎ、勢いを調整し、何か感触を確認しながらやっているように見える。かなりブランコが高く上がっても、靴を飛ばす動作に移らず、体勢を微調整しながら、前後に揺らし続けている。

 フィーリングが合ったのか、竹内は一気に靴を飛ばすための動作に入ると、力強く足を振り抜く。その一瞬だけ急に人が変わったように躍動した。というか、その一瞬のために、ゆっくり時間をかけて、ブランコをいい具合に持っていくというのが竹内のやり方なのだろう。のんびり屋に見える竹内にしては、豪快でパワー系を思わせる動きだった。美佐姫先輩はシュパッという感じだったが、竹内はドーンという感じだ。

 靴はその勢いに乗って、かなり飛んでいた。先ほどの美佐姫先輩を超えて、さらに先に落ちている。

 こんな、靴飛ばしをするのか……。旧知の仲、竹内の知らない一面を見た。

「34メートル25」

 小谷が記録を読み上げた。美佐姫先輩が30メートルを出して喜んでいたことを考えると、結構いい記録のように思えるが、周りの反応を見ても、「おーいいねえ」くらいのもので、誰も驚いてはいない。竹内の記録としては普通なのだろう。

 続いて二人目。あちらからは遠藤先輩、こちらからはミハイル君だ。

「竹内、遠藤先輩の実力はどんなもんなんだ?」

 戻ってきていた竹内に質問する。

「う~ん、まあ普通かな……」

 先輩達のことを俺は何も知らない。

 遠藤先輩の靴飛ばしは、飛ばし方こそ竹内に近かったが、ブランコの漕ぎ方には差があった。竹内ほど何かを確認している様子はなく、もっと大雑把なものに見えた。

 靴は竹内のと同じくらい飛んだように見えたが……、

「33メートル……43!」

 計測係の美佐姫先輩の声。竹内の記録には届かなかった。「あ~、やっぱ制服だとやりにくいなあ」「オッケーオッケー」といったやりとりが聞こえてくる。

 普通程度の実力の人で33メートル……。この前、俺がやったときの22メートルはへなちょこな記録だったのかもしれない。だが、あの時はやり方を知らなかった上に、自分の靴だった。

 今回使うのはこの競技用の靴だ。つま先の重い靴飛ばし競技用の靴は、普通の靴よりよく飛ぶはずだ。俺の力でこいつがどのくらい飛ぶのか、早く試してみたかった。

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