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 近づいてくる五人。一人は女子。美佐姫先輩だ。そして、背の高い小谷はすぐわかる。あとは……この前の久米先輩と、残り二人は誰だかわからない。

「わ~!! タカハシく~ん!! 入部おめでとう」

 美佐姫先輩が笑顔で手を振って駆け寄ってくる。美佐姫先輩は純粋に俺の入部を喜んでいるようだが、竹内のせいで本当にマヌケヅラに見えてしまう。他の四人より一足早くこちらにたどり着くと、

「今日はね……タカハシ君が入ったってことで、三年生みんな連れてきたから。ちゃんと引き継ぎっていうか、世代交代? みたいなのやろうかって!」

 他のメンバー達が到着。久米先輩と、他の二人も三年生であることがわかった。久米くめ先輩を真ん中に、こっちから見て左に縁なしメガネでカーディガンを羽織った男。背丈、体格ともに久米先輩と同じくらいだが、メガネのせいか、やや知的でクールに見える。右には小柄でややぽっちゃりした半袖ワイシャツの人。タレ目で猫背、両手をポケットに突っ込んでいる。

「よう、タカハシ君! ありがとう」

 手を差し出す久米先輩と握手を交わす。

 気付けばなんとなく、三年生側と、現役側で四人ずつ、向かい合うような形になっていた。小谷はしれっとこっちの現役側に合流している。

「で、こっちは遠藤えんどう、こっちは細山田ほそやまだ。タカハシ君は初対面でしょ?」

 久米先輩が両隣の先輩を紹介してくれた。

「高幡久志です。よろしくお願いします」

「おす、俺、遠藤マサル!」

 向かって右のぽっちゃり体型の先輩が遠藤先輩。

「三年の細山田修平です」

 メガネの方が細山田先輩。遠藤先輩と比べて細いから細山田と覚えておくと覚えやすい。

「さっきこいつ、みなさんのことを『マヌケヅラが来た』とかなんとか言ってましたよ!」

 三年生へのご挨拶の品として、さっそく、竹内のことをチクる。後輩としての義務だ。

「ほう、竹内……先輩に対する敬意が足りないんじゃないか?」

 久米先輩が竹内を睨めつけ、右の拳を見せつける。

「それはちょっとしめないとね……」

 美佐姫先輩も乗っかる。 

「いや、言ってない言ってないで~す。俺が、そんなこと言うわけがないじゃないですか! 竹内の半分は先輩方への敬意でできてるんですから!」

 竹内が首を横に振るが、美佐姫先輩は追い打ちをかける。

「これは、あれだね……。竹内君ちでお好み焼き食べ放題にしてもらおう」

「う~ん、それは勘弁してください。うちの店だってタダじゃないんですから!」

「あれ? 『無料お好み焼きの竹うち』じゃなかったっけ?」

 と遠藤先輩。

「違いますよ! そんな店あるわけないじゃないですか!」

 そこで美佐姫先輩から提案が入る。

「じゃあ、今、ちょうど四人ずついるじゃん? 練習試合やろうよ。三年生チーム対現役チームで! 私達が勝ったら、君たちお好み焼きおごりだよ!」

「おお、いいね。君たちはさ、その四人で今度の大会出るわけだからさ、一回試合形式でやっておくといい練習になるよ。こっちも引退試合みたいになるし……」

 と久米先輩が同意する。そう言われると拒否しづらい。竹内のマヌケヅラ発言を教えたのは俺なのに、なぜか俺まで連帯責任でお好み焼きを驕らされようとしている。腑に落ちない。

「じゃあ、こっちが勝ったら逆に先輩達が驕って下さいよ!」

 と言う竹内に「いいともいいとも」と久米先輩が頷き、お好み焼きを賭けた練習試合が行われる流れになった。

「練習試合? 俺、ついさっき部活に入ったところですけど?」

 俺は焦った。まだ一度も練習してないのだ。靴の飛ばし方についてまだ何も習っていない。この前、試しにちょっと一回やっただけだ。それに、先月入部したミハイル君も、ほぼ初心者だというし……。その俺たちにいきなり試合をやれというのか?

「そこはぶっつけ本番で。記録とかは気にしなくていいからさ。試合ってこんな感じだよって流れを覚えて欲しいだけだからさ」

 久米先輩はしれっと言う。

「そうだよ。あと、練習されてうまくなって、こっちが負けちゃったら困るし」

「そーそー。店の名前が『有料お好み焼きの竹うち』になっちゃうから」

 美佐姫先輩と遠藤先輩が先輩らしからぬ懐の狭い発言を繰り出す。完全に初心者の俺と、ほぼ初心者のミハイル君。ただでさえ、こちらが不利なのにぶっつけ本番とは……。っていうか、『有料』って言わなくても、普通お好み焼き屋は有料だ。

 試合のルールについても何も知らなかったが、

「靴飛ばしの団体戦は四人で一チームで、四人の合計飛距離がそのチームの記録」

「全員一発勝負!」

「大会も同じルールだから」

「やればわかるよ」

 と、先輩達から口々に概要を伝えられ、それでおおよそわかった。

 付け足すなら、靴飛ばしは基本個人競技だから、海外では団体戦はあまりないらしい。でも日本では学校対抗の団体戦が盛り上がるから取り入れられているという話だ。団体戦でやっても個人の記録は取れるから、団体戦を開催した方が一石二鳥なのだという。

「こうやって四対四で試合できるの嬉しいよね~!」

 誰にともなくかけられた美佐姫先輩の言葉に、他の三年生たちも、竹内、小谷の現役側も大きく頷く。団体戦は一チーム四人。正式な試合には最低八人必要だ。今まで人数が足りずそれができなかった。彼らは、ずっとこんな日が来るのを待っていたのかもしれない。

 各チームに別れて準備を始める。先輩達は制服だったが「ハンデ」と称し制服のままで、美佐姫先輩も制服のスカートの下に体育着のハーフパンツを履いて試合に臨むことになった。

 こちらは、俺、竹内、小谷、ミハイル君の四人で順番を決めようという話になっていた。

「俺、最初に行くよ」

 キャプテン竹内が名乗りを上げる。

 現役チームの作戦は、竹内が最初に行って、俺やミハイル君に手本を見せる。俺たち初心者二人はそれなりの記録でも「最後、エースの小谷が驚異的な記録をたたき出して勝つから心配しなくていいよ」というものだった。

「任せておけ。俺が靴飛ばしってものを見せてやる」

 エースの小谷が、俺やミハイル君に向けて、自信ありげにつぶやく。

 順番は、竹内、ミハイル君、俺、小谷に決まった。

 離れたところで、三年生達も順番を話し合っていたが、決まったらしい。

「よーし、じゃあ始めようか! 竹内、どっちが先行かジャンケンな!」

 竹内と久米先輩がジャンケンを行った結果、三年生チームが先攻ということになった。

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