13
「タカハシ君!!」
不意打ちにビクッとなる俺。
学校帰り校門を出たところで、いきなり声をかけられた。
「入ってくれるんでしょ?」
昨日のことを竹内が報告したのだろう。俺が入部の意を示したことを知り、待ち伏せしていたようだ。さすが、謎の行動力は健在である。
突然のことに驚きはしたが……その喜色をたたえたかわいらしい顔を見ると、嫌な気はしない。昨日、竹内とあんな話をして、どんな顔をして会ったらいいのかと不安だったが、実際会ってみるとそんなことは忘れてしまうものだ。
「はい。来週からってことで」
「うん。うん。ありがとう。よくぞ決断してくれた! これからよろしくね」
先輩は、一度右手を差し出したあと、「あ、こっちか」と左手に入れ替える。
俺が左利きであることを思いだして、握手しやすいように左手に変えてくれた。もちろん俺は右手での握手に慣れているので、どっちでもいいのだが、心遣いは嬉しい。
「はい。よろしくお願いします」
俺がその手を握り返すと、美佐姫先輩はうんうんと頷いた。こちらまで嬉しくなるような、本当に嬉しそうな表情だった。なにより、その表情をもたらしているのが俺自身であるということも嬉しかった。
「靴飛ばし、興味持ってくれた?」
「はい。俺、ロベルト・カルロスみたいになりたくてサッカーやってたんです。サッカーは諦めることになったけど、靴飛ばしだったら、もう一度ロベルト・カルロスを目指せるんじゃないかって思って……」
美佐姫先輩はそれを聞いて目を見開き、
「いいねえ! そのロベルト・カルロスはよく知らないけど、ちゃんと目指す場所があるってすごいよ。素晴らしいよ。私はそういう人が入ってくれるのをずっと待ってた気がする!」
一段と嬉しそうに言うと、
「よし、お姉さんがジュースを
と学校の隣のアパートの前に設置されている青い自販機を指さして、そちらに歩き出した。
自販機まで来ると、美佐姫先輩は千円札を入れ、自分用のペットボトルのスポーツドリンクを一本買った。
「さあ、どれでも好きなのを押すがいい」
ランプの付いた販売機を俺に譲ると、美佐姫先輩は早速フタを開けて飲み始めている。
「じゃあ、同じヤツで」と、同じスポーツドリンクのボタンを押した。暑くなって単純に水分補給が必要なこの季節、このスポーツドリンクはよく売れていることだろう。
「ありがとうございます。ごちそうさまです」
礼を言ってから、喉が渇いていたので俺もすぐ飲み始める。
「いいのいいの。かわいい後輩には驕ってあげたくなるものだからね。『人並みに驕れや』っていうし」
「それはルート3の覚え方ですけどね……」
「なんか、希望が見えてきて、嬉しくなっちゃって……。驕りたくもなるよ。誰でもいいから入ってほしいって思ってたのに、入ってくれる人がみんなダイヤの原石ばっかりなんだもん。ミハ君もすごく靴飛ばしに興味持ってくれたし、タカハシ君もサッカー経験者だし、最強のチームができそうな予感がする。これからどうなるのかすごい楽しみ」
ミハ君というのは留学生のミハイル君のことだろう。
「竹内君も、考えて練習しているし、小谷君も40メートル出してるからポテンシャルはあると思うんだ。いいメンバーそろったんじゃないかな。うちらの代より、今の四人の方が何か持ってる気がする。欲を言えばもっと人数集めて、レギュラー争いに切磋琢磨できるといいんだけど、たくさんいても結局四人しか出られないわけだから、その四人が最強なら、部員四人でも問題ないでしょ!」
なるほど。大会の団体戦には四人いないと出られないとは聞いている。逆に言えば、四人しか出られないのだ。秀煌学園のようにたくさんの部員がいても出るのは四人。うちが部員たった四人でも、その四人さえ強ければ秀煌と戦えるという理屈だ。ポジティブな考え方だと思う。
「私もなるべく部活顔出すから。タカハシ君達が次に出るのは十月の秋の大会だけど、私にとって卒業する前の最後の大会だから。もし邪魔じゃなかったら、その時までサポートさせてほしいな」
「はい。ありがとうございます」
「次の大会頑張ろう! 打倒秀煌! 大きな目標があった方が絶対楽しいから! できるって信じよう!」
「はい!」
美佐姫先輩は引退した後も、こんな吹けば飛ぶような部を大切に思い、気にかけている。そして、秀煌学園に勝つことを諦めていない。俺達に本気で秀煌学園打倒を目指してほしいらしい。それは、夢なのか、未練なのか……。
はいと返事をしたものの、このときの俺は、本当に秀煌学園に勝てるかどうかなんて、真剣に考えることもしていなかった。
翌週。竹内が迎えに来て、一緒に部活に行くことになった。先週、縛られて、しょっ引かれて歩いたあの道のりを二人で歩いて、第2グラウンドに向かう。
「何のゲームやってたん?」
「ん?」
「ゲームやるとか言ってたじゃん」
俺が先週やってたゲームの話題か……。内容を思い出して竹内に伝える。
「ああ、土日ずっとやってたわ、タイトル忘れちゃったけど、なんか、恐竜がサボテンを飛び越えるゲーム」
「え? 恐竜がサボテンを飛び越えるゲーム? ひょっとして、あれのことかな……?」
「スマホでやるヤツで、タイミングよく画面をタップするみたいな感じのやつ」
「ああ、やっぱりあれか。え? まさか、それをずっとやってたの?」
「おう。グラフィックがリアルですごいんだよな」
「あれ? じゃあ、俺の知ってるやつと違うかも、俺の知ってるやつ、白黒のドット絵みたいなやつだからなあ……」
「単純なんだけど、やり始めるとついやっちゃうんだよ」
「あ、じゃあ、やっぱ、俺の思ってるやつかな。確かに、単純だけど、始めるとついやっちゃうよね」
「あと、アイテムの使いどころがポイントだよな」
「え? アイテムとか出てくるの? じゃあ、俺の知ってるやつじゃないかも……。アイテム……後半出てくるのかな?」
「高得点を目指すゲームだから、ハイスコアが出ると嬉しいんだよ」
「ああ、そうだね。あ、やっぱり俺の知ってる、あれかな……?」
「ネットで対戦とかやると、もっと面白いらしいけど、さすがに俺はそこまでは自信ないからやってないや」
「え? ネット対戦とかできるの? じゃあ、俺の思ってるやつじゃないな。俺の知ってるのは、ネットにつながずにやるやつだから。というか、ネットにつながらないときにやるやつだから……」
竹内はさっきから何を言っているんだ? 俺が言っているのは、リアルな3Dの恐竜が出てきて次から次へと出てくるサボテンを飛び越えてよけたり、火を噴くアイテムで壊したりしながら進む、あのゲームだ! 名前知らないけど、あれだよ! それしかないだろ! 今時のゲームなんだから、ネットにつないで当たり前だろう。ドット絵で、ネットにつながらないときにやる恐竜がサボテンを飛び越えるゲームなんて、そんなのどこにあるんだよ!
竹内となんだか噛み合わない会話をしている間に第2グラウンドに到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます