8
翌日は朝から軽く雨が降っていた。
学校に行くと、俺の机の引き出しに、いや、これは引き出しとは言わないか。天板の下の収納スペースに何か入っている。取り出してみると、かわいいキツネの親子のイラストの描かれた封筒。よく女子が使うレターセットのやつだ。
これは、ひょっとして……。
トクントクンと心臓が高鳴る。
封筒を裏返す。『たかはし君へ 松林美佐姫』と書かれている。
「美佐姫」は「みさき」だよな。あの人、
中を開けてみると、封筒とお揃いのキツネの便せんに、たった一言「入部まってるぜ!!」と書かれていて、その隣に丸い耳の付いた、丸い鼻の下に「人」みたいな口のある熊なのか猫なのか何なのか、よくわからない謎の動物の絵が描かれていた。
部活への勧誘のお手紙だった。ただの勧誘とわかっても、女子からのお手紙に変わりはない。頬が緩んでしまう。こういうのは、なんとなく嬉しいものだ。
放課後……。飽きることもなく雨は降っていた。ざんざか降っているわけではないが、無視することもできない。玄関先で傘を広げ、校門方向へ向かって歩いているとき、
「うぃ~~~! タカハシ~~!」
後ろから声がしたかと思うと、がばっと、首をロックされた。また竹内に捕まったのだ。顔を見合わせてから、
「あ、間違えました。人違いでした」
と竹内がまた変なボケをかましてくる。
「間違ってないだろ、『タカハシ』って言ってたろ」
「高橋英樹と間違えた……」
「じゃあ、間違っててよかったよ……」
見ると、あの背の高い男も一緒だった。たしか「こや」と言っていた。竹内と「こや」が並んでいると、身長差があって、なんとなくコブクロを思い出す。
「こや」は雨合羽を着て自転車を転がしながら歩いていた。「こや」と竹内は同じクラスらしい。部活もクラスも一緒となると、竹内と仲がいいのも当然だろう。
「こいつは
竹内が俺に、
小さい谷と書いて
「あー」
小谷が会釈する。なんだか「この間はどうも」といった雰囲気が伝わる「あー」だったので。「いや、こちらこそ」という意味を込めて、
「おー」
と会釈を返す。
それを見て、また小谷が「おー」こちらも「あー」と交互に何度も交互にお辞儀を繰り返した。「ご丁寧にどうも」「いやいやそちらこそ」的な雰囲気のやりとりだった。横で見ていた竹内も「お、お互い何も言ってないけど、伝わってるっぽい……」と感想をつぶやく。
「デカいね」
「デカいだろ……まかせろ」
小谷からはそう返ってきた。やっぱりこいつは面白い。「まかせろ」って何をだよ……?
「小谷……は、なんで靴飛ばし部に入ったの?」
一瞬、「
「ああ、
ああ、なるほど。あの美女、松林美佐姫先輩目当てというわけか……。
「最初、小谷は『モテ方研究会』に入ろうとしてたんだよね?」
竹内が割って入る。
「いや、違う違う! 入ろうとはしてない!」
小谷が慌てて否定するが、
「でも、『モテ方研究会』の見学の帰りに美佐姫先輩に誘われたとか言ってなかった?」
ニヤニヤしながら竹内が小谷を追撃する。それにしても『モテ方研究会』? 俺は聞いたことがない。
「そんな部あったっけ?」
「あるだろ。二階の掲示版の右上の方に貼ってあるじゃん。メンバー募集みたいなやつ……。あと、部じゃなくて同好会ね。俺は興味ないんだけど、毎週月曜日の放課後から18時まで、3-3の教室で異性にモテる方法を研究して発表したり、アンケートをとって意識調査するみたいな、くだらないことやってる同好会があるんだよ……」
つぶやくように、早口で小谷は話す。興味がないにしては妙に詳しい解説だった。
「さすがに部にはできないよね。内容的に」
と竹内が口を挟む。小声で早口の小谷、大きめでゆっくりしゃべる竹内。対照的な二人である。
「『モテ方研究会』なんて、どうせモテないような、くだらないやつが集まってるサークルだし、俺はそんなの全然興味ないんだけど……なんか、3-3の教室で見学会やるっつーから、入る部活とか迷ってたし、興味はないけど、一応……一応三年の教室ってどんな作りになってるのかなと思って、一応行ってみたってだけの話」
と、小谷は不器用に言い訳しながら『モテ方研究会』に行った理由を説明する。一応が三回くらい出てきているから、実際には「三応」くらいの興味があったことが透けて見えている。
「いや、教室の作りなんて全部同じだろ?」
俺は苦笑しつつツッコむ。
「そうだけど、もしかしたら違うかもしれねーじゃん? 三年の教室は椅子がリクライニングになってるかもしれないって思うじゃん? その時は入学したばかりだったから、わかんなかったんだよ」
何を言っているんだろう、こいつは。椅子がリクライニングの教室があるわけないだろ。単にモテ方に興味があって、行っただけだろうと思うが、それを正直に言うのはかっこ悪いとでも思っているのだろう。こいつは本当に面白いやつかもしれない。
「で? 行ったらどうだったの?」
聞いたのは竹内である。
「まあ、『胸を張って堂々と歩いてる男はモテる説』みたいなこと話合ってた。ほんとくだらないよ。そんなわけないだろって……」
「教室の作りの話じゃないの?」
俺は確認した。「行ったらどうだったの?」の答えがズレている気がしたからだ。
「モテ方研究会の話。教室は同じだった」
「だろうね」
「でも一応、帰りに胸を張って歩いてたら、めちゃめちゃかわいい人に声かけられて、それが美佐姫先輩だった」
「あはははは! モテてる! さっそく効果あったじゃん!」
「『モテ方研究会』すげー! 即効性すげー!」
俺と竹内は大笑い。
「いや、でも、違う。その時はモテたくて胸張ってたわけじゃなくて、たまたま姿勢がいい方が健康にいいってことを思い出したから……俺、普段からモテとか関係なく胸張って歩くことあるし……」
「あははは! 何のプライドだよ! いいじゃんモテたかったで! モテたくて『モテ方研究会』行きましたでいいじゃん? モテたくて胸張ってましたでいいじゃん!」
俺は笑いながらも、どうにかツッコむ。俺も竹内も笑っているのに、小谷はほとんど表情を変えずに話し続けている。
「で? 美佐姫先輩に何て言われたの?」
竹内が続きを促す。
「いや、普通に『靴飛ばし部に入らない?』って……。で『そこまで言うんじゃしょーがねーな』って思って、すぐ入った」
「ははは! そこまで言われてねーじゃん……」
上から目線ぽい「しょーがねーな」の言い方もおかしくて、俺のツッコミも力が入っていない。
「あ、いや、すまん。もう少しいろいろ言われたんだよ。『どうしても君に入って欲しい』とかそういうの。省略したけど……」
「なんでそこ省略したんだよ……伝え下手か!」
さっきから小谷の話し方は不器用で要領を得ないが、そこがまたおかしい。こちらの笑いが収まらないうちに、
「じゃあ、俺帰るわ」
と、小谷は自転車に乗って、行ってしまった。
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