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そのまま、竹内と帰り道を歩きながら話していた。「部活はいいのか?」と聞こうとしたが、聞くまでもなく、雨で休みなのだろう。
「竹内、あいつ面白いな」
「面白いでしょ? 靴飛ばし部に入ると
「そりゃそうだろう。あいつと話すのに金取られたくないわ!」
「小谷はあんなだけど、一応靴飛ばしでは部内では一番の記録を持ってんだよ」
「へえ」
「40メートルちょうど。靴飛ばしには『40メートルの壁』って言葉があって、40メートル飛ばしたら一流みたいなイメージがあるんだよね」
「へえ、じゃあ、ああ見えて実力はあるんだな」
「いや、……それがね……。40メートルを出したのは一度だけで、それ以前も以降も、それに近い記録すら出てないんだよね。よくて30メートルくらい。一回だけのまぐれだって、部内ではちょっとした伝説になってる。本人は自分は40メートル飛ばす天才だって言い張ってるけどね……」
「ますます面白いな、あいつ」
40メートルの壁……。確かに、昨日見た動画でも、世界大会では40メートル台は当たり前だが、高校生の大会では40メートル以上の記録が出せるのは上位のほんの一握りの選手だけという感じだった。
学校から家まで、10分ちょっとの道のりである。俺も、竹内も学校へは徒歩で通っている。駐輪スペースの都合で、この程度の距離だと自転車通学の許可は下りない。小谷は自転車通学だったから、そこそこ遠くから通っているのだろう。
「昨日、靴飛ばしの動画見たんだけどさあ。靴飛ばしって、あんななんだな。全然知らなかった」
昨日見た動画の感想を竹内にぶつけてみた。
「そう。競技の靴飛ばしって公園でやるのと全然違うっしょ」
「前に世界記録持ってた人、日本人なんだろ?」
「うん。
「その人は? メダル取ってないの? オリンピック……」
「うん。靴飛ばしがオリンピックの種目になったのは三大会前だからね。その人が現役の頃はまだ靴飛ばしはオリンピックの正式種目じゃなかったんだよね。でも、世界大会は何度も優勝してるし、結構靴飛ばし界では有名な人だよ。ゲイナーが世界記録塗り替えるまで、十年以上記録破られなかったんだって」
知らなかった。十年以上日本の選手が世界記録を持っていたなんて。
「っていうか、稗田さんはうちのコーチやってたことあるらしいよ」
「え? その、世界記録の人?」
「うん。うちの学校六年前に、
そういえば、久米先輩も言っていた。うちの学校が、数年前にインターハイに行っていると。その時はなんとなく聞いていたが、よく考えると結構すごいことだ。
ちなみに
俺がいたサッカー部だって、表向きは否定していても、みんなどこかで秀煌には勝ち目がないことを悟っていたはずだ。
靴飛ばし部も同じだろう。靴飛ばしというマイナー競技であっても、いや、マイナー競技であるからこそ、秀煌のようなトップ選手が集まり、練習設備にお金がかけられ、練習ノウハウも充実した学校に勝つことは至難の業となる。
六年前、うちの靴飛ばし部は、その秀煌に勝ったのだという。これがどれほどのことか……。それは「奇跡」と言ってもいいほどの快挙に違いない。
「なんで元世界記録保持者がうちの学校なんかでコーチをやっていたの? OB? てか、今はやってないの?」
「今はうちのコーチはやってないねえ。稗田さんにコーチを依頼したのが、当時の部長だった、
「お兄さん? 松林先輩の……?」
はあ、なるほど。あの人は全国大会に行った時の部長の妹だったのか……。
「そういえば、これ、お前だろ?」
カバンから松林先輩からの手紙を出して竹内に見せた。
「ん? 何それ? ラブレター?」
「とぼけるな、お前が、松林先輩に俺の席を教えたんだろ?」
「いや、俺じゃないよー。机に入ってたの? だったら、たぶん、教室にいた誰かにタカハシの席を聞いて入れたんじゃない? 見ていい?」
大した内容ではないから、見せても問題はない。竹内に手紙を手渡す。
手紙を確認してから、竹内がつぶやく。
「さすが美佐姫先輩。やっぱあの人、想像以上だね」
どうやら、本当に竹内の差し金ではないらしい。竹内に頼まれたからではなく、松林先輩が自主的に俺の机に入れていったということだ。廃部の危機とはいえ、もう部活を引退しているのに、わざわざそこまでやるとは……。よほど廃部にしたくないということなのだろうか? うちの靴飛ばし部はどう見ても潰れかけの弱小校なのに……。
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