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「靴飛ばしかぁ、靴飛ばしねぇ……」

 自分の部屋に入ると俺は、ベッドに寝っ転がって、スマホで何気なくいつもの動画サイトを開き、「靴飛ばし」、ポチッ、検索してみる。

「靴飛ばしオリンピック代表選手選考会ハイライト」「【インターハイ団体優勝】青森吉田高校靴飛ばし部」「靴飛ばし日本代表佐伯選手の試技(東京都大会)」といった靴飛ばし競技関係の動画が多数ヒットする。

 その中から「男子靴飛ばしゲイナー(アメリカ)世界新記録51m13cm樹立」というのを再生してみた。2分程度の動画だ。

 どうやら、靴飛ばしの世界選手権の結果を取り扱ったスポーツニュースを切り取ったもののようだ。

 いかにもアスリートらしい、筋骨隆々とした金髪横分けの男がブランコに手を添えて深呼吸している様子が正面から映し出される。画面の下の方に、選手名などの情報が表示されているようだが、権利関係の問題なのだろうか、ぼかしが入っている。

 その選手が、ブランコ乗ると、カメラはすぐさま横からの引きの画に切り替わる。

 その男は、ダイナミックにブランコを漕ぎ始めたかと思うと、数往復でブランコは最高地点と思われる高さまで到達。それから体をやや横に傾けて、回し蹴りのようにやや横から力強く足を振り抜いた。靴はビューンとすごい速さで飛んで行く。ミサイルが飛ぶように、靴のつま先部分が空気を切り裂いてゆく。やがて靴はつま先から突き刺さるように地面に落ちて転がった。

「これは!」

 俺はガバッと起き上がった。心臓の鼓動が速まっている。

『50メートルラインを超えてきた! これはどうだ? 世界記録更新か?』と、力強い実況。やがて電光掲示板に「51・13」と表示される。

『素晴らしい記録が出ました。51メートル13! アメリカのオレス・ゲイナー! 日本の稗田ひえだの持つ、世界記録50メートル44を超えて、世界新記録です!』

 ゲイナー選手は歓喜し、コーチらしき人と抱き合っている。動画はそこで終わった。

(何だこれ……これって……まるで……)

 これを見るまで、俺は競技としての靴飛ばしをきちんと見たことがなかった。遊びの靴飛ばししか知らなかった。

 映像で見た靴は、俺の想像よりずっと低い軌道で飛んでいた。

(まるで、ロベルト・カルロスのシュートだ……)

 今まで、靴飛ばしの靴は、アーチを描くように高く靴が上がって、ボトッと落ちるイメージだった。少なくとも、子供の頃に遊びでやっていた靴飛ばしはそうだった。

 動画をもう一度再生する。

 ……だけど、……そうじゃなかった。

 動画の中のゲイナーの放つ靴は、アーチではなく直線。フライではなくライナーだ。それも、すごいスピードで画面の右から左へ横切っていく、弾丸ライナーだ。

 そのさまは、記憶の中のロベルト・カルロスの放つボールと見事に重なった。

 これが靴飛ばしか……。本物の……世界一の、靴飛ばし……。

『50メートルラインを超えてきた! これはどうだ? 世界記録更新か? ――素晴らしい記録が出ました。51メートル13! アメリカのオレス・ゲイナー! 日本の稗田の持つ、世界記録50メートル44を超えて、世界新記録です!』

 さっきと同じ実況が聞こえて、はっと我に返る。動画を止めのと、呼吸するのを忘れていたらしい。いったん大きく深呼吸して自分を落ち着かせる。

 さっき「日本の」って言ってた? 一回目は靴の飛び方に気を取られて、スルーしたけど、前の世界記録って日本人が持ってたのか……。日本って靴飛ばし強いのか?

 てか、オリンピックでメダルを取った日本人なんていたっけ? 靴飛ばしの世界、知らないことが多すぎる……。

 そのあとも俺はいくつかの動画を見て回った。

 どの動画も、多くの場合、やはり靴は高く上がらず、直線的に力強く飛んでいく。まるでサッカーのシュートのように……。

 これが、靴飛ばし競技の世界だったのか……? カルチャーショックだ。

 オリンピックの動画も見たが、世界のトップ選手たちは、大体40後半から50メートルの間くらいの記録で争っているようだ。50メートルといえば、奇しくもサッカーのハーフラインからゴールまでの距離。靴もそのくらい飛ぶということだ。

 高校の大会の動画も見てみた。優勝選手は42メートル台の記録を出していた。

 さっき、俺が自分の靴で試しにやってみたら22メートルだった。あれも、結構飛んだと思ったけど、あれの倍以上の距離を世界のトップ選手は飛ばすということだ。

 22メートルというあの記録が悔しく思えてきた。さっきの俺はやり方を知らなかっただけだ。今の俺は動画を見て本物の靴飛ばしを知った。そのイメージでもう一度やったらどうなるだろう? 俺にはサッカーで鍛えた左足がある。22メートルより飛ぶのは間違いない。じゃあ、どこまで飛ぶ……?

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