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「入ってくれるかな?」と迫ってくる久米くめ先輩、「入ってくれるよね?」と迫ってくる松林まつばやし先輩を前に、立ちすくむ俺。口にはタオルで猿ぐつわをかけられ、体はテニスネットで縛られてる。

「いはおひあす、ほえはうひておあえあいふは?」

 それならまず拘束を解いてくれと言っているのだが、二人の先輩達は顔を見合わせながら、「これだけ頼んでも、まだ『うん』とは言ってくれないか……」「困ったねえ」などと言っている。

 その間もずっと俺の胸元に、入部届を挟んだバインダーとボールペンをぐいぐい押しつけていた竹内が

「あ、そうか、手が使えないのか……、じゃあ入部届にサインしたくてもできないよね~」

 と、気付いてようやく拘束から解放してくれた。

 やっと、しゃべれるように、そして動けるようになった。

 竹内をはじめ、この部の人たちの言動にはあきれる気持ちしかないが、まあ、必死らしいことはよく伝わってきた。怒って帰るのも大人げないし、とりあえず俺も、自分の気持ちを素直に話すことにした。

「俺も、サッカー部辞めたばっかりで……、次のこととか、そんなすぐに決めらんないっていうか……。あと、高幡です。まあ、タカハシでもいいですけど……」

 普通、人はサッカー部を辞めた直後に、靴飛ばし部に入ろうなどという気持ちにはならない。そこをわかってほしい。

「うん。うん。オッケー! もちろん、すぐにってわけじゃないから。うちとしては、他の部に取られる前に動かないといけなかったから……ね」

 どことなく嬉しそうに松林先輩が笑顔で返す。

 俺のことを狙っている部が他にあるのだろうか? 知らないが、暇になった元サッカー部員。部員が足りない部としては欲しい人材なのかもしれない。とはいえ、いくらなんでもがっつきすぎだ。他の部からこんな勧誘を受けるとは思えない。受けるとしても、この部よりはまともなやり方だろう。

「せっかく来たんだし、ちょっとブランコ、乗っていかない?」

 ブランコを指し示す松林先輩。 

 来たんじゃなくて、無理矢理連れてこられたんですけど……と言いたかったけど、このブランコにはちょっと乗ってみたかった。単純に好奇心である。

「じゃ、ちょっとだけ……」

 俺は、ブランコの所まで近づく。やはりその座面の高さに驚く。普通に立った状態の尻くらいの所にある。これ、乗れるのか? と戸惑ってしまう。

「うん。ちょっと高いけど、ロープをしっかり持ってジャンプすればたぶん乗れるよ。私でもできるから」

 戸惑いを察して、松林先輩が声をかけてくれた。言われたとおり、後ろ手でワイヤーをつかんで、ブランコによいしょと飛び乗る。乗れた。

「うお、高!」

 ブランコに座ると、普段の目線よりも高くなる。この高さから落ちたら、そこそこの怪我をするだろう。

 子供の頃公園で乗っていたブランコと比べて、揺れやすくて、不安定な感じもするが、高いからそう感じるだけだろうか?

「落ちないようにベルト締めてね」

 座面の横にぶら下がっていたのは、やはり安全ベルトだった。松林先輩が横に立ち、安全ベルトの片方を掴んで俺に差し出す。ワイヤーを肘で支えながらもう片方をたぐり寄せ、腰の前でカチッと止める。車の後部座席のシートベルトみたいなものだ。確かにこれがあれば落下は免れそうだが、揺れやすく不安定な感覚は全く変わらない。

「じゃあ、漕いでみていいよ」

 と言いつつ、松林先輩がバックして少し離れる。

 二回、三回、四回、五回とブランコをこいでみる。だんだんと、前にも後ろにも高さが出てきた。

「うおぉぉぉ!」

 思わず声が出る。高い分、かなり怖いのだ。

 空を飛んでいるような……怖いけど……その分……ちょっと……楽しい。

 自然と……テンションが……上がる……。

 前から後ろへ……後ろから前へ……。

「うおぉぉ! おうぅぅ!」

 グラウンドの土、グラウンドと道路を隔てる金網、さらにその先の家やアパートの群れ、空、自分の足……。視界が大きく、めまぐるしく変わる。公園にある普通のブランコよりスピードが出ている気がする。

 重力の増減と、それに伴って……内臓が揺れるのも……感じる。

 これが競技用のブランコ……!

「ついでに、ちょっと、靴、飛ばしてみない?」

 松林先輩が横から大声で呼びかける。

「あ、じゃあ、やってみます~!」

 俺は答えると、左足の靴のかかとを右足で外して、靴を飛ばす準備をする。

 校則では登校時の靴に決まりはない。俺がいつも登校に履いている靴はローファーではなく、制服にも合う茶系のスニーカーだ。ファッション雑誌を見て、いいなと思って買った。一万円八千円もしたお気に入りだ。こいつにスニーカー大賞をあげたい。

 子供の頃の経験を思い出し、そのスニーカーを、ブランコが前に来るタイミングで「ふん!」と飛ばしてみた。

 靴はふわっと飛んで、ある程度のところでボトリと落ちた。

 おー、いいねいいね、いいんじゃない? と周りから声が聞こえる。

 ブランコの周囲の円の前方からは、放射線状に陸上の投擲競技を思わせるラインと、飛距離を測るためのメジャーが向こうの方に延びている。竹内が、そのメジャーをたどって靴に駆け寄る。

 一方、俺は、ブランコの止め方に苦戦していた。

「これ、どうやって止めればいいんですか~?」

 公園のブランコは足が着くから、下の土をザザっとやればよかったのだが、このブランコは足が着かないから、ザザりたくてもザザれない。靴を飛ばし終わっても、大きく揺れたままだ。

「えっとね、後ろに来たとき、こう手を前に、前に来たら、手を後ろに!」

 ジェスチャーを交えつつ、松林先輩が教えてくれた。どうやら何かコツがあるらしい。どういうことなのか、俺が自分で見つけようとモゾモゾ動いていたら、その様子がもどかしかったのか、松林先輩はもう一言

「もしくは、何もしなければそのうち止まるよ~」

 と付け足した。それはそうだろうけど……。

 竹内が靴の場所にたどり着く。

「22メートル22!」

 記録を読み上げる。

「おー、すごい! 初めてにしては好記録じゃん?」

 久米先輩が褒めると、

「天才現る、だね!」

 と松林先輩が続く。

 先輩二人は「この才能は入らないともったいない」「22メートル22でゾロ目なのもすごいよね」「奇跡だね」「運命だね」「申し子だね」「もう入るしかないよね」と魂胆見え見えの会話を続けている。

 竹内が俺の靴を持って来てくれた。ようやく振れが小さくなったブランコから降りて、靴を受け取ってはき直していると、

「あと、靴履くついでに、ちょっと名前書こうか」

 竹内がそっと入部届の挟まったバインダーを差し出してくる。

「なに、さりげなく書かせようとしてんだよ。書かねえよ!」

「ついでだから! ついでだから!」

「ついでにもなってねーし。靴履くついでに入部するやつなんかいねーよ!」

 その後も竹内は「今なら10連靴飛ばし無料」だとか、わけのわからないことを言って入部をせがんだが、適当にあしらってその場から逃げ、どうにか家に帰り着いた。

 長い一日に感じたが、まだ外は明るかった。

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