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 靴飛ばし。

 言うまでもなく、ブランコに乗って、勢いを付けて、靴をなるべく遠くに飛ばす競技だ。

 子供の頃、遊びでやったことなら誰でも一度くらいあるだろうが、本格的な競技としてやる人間はそう多くはない。オリンピックの正式種目に採用されているとはいえ、恐ろしくマイナーだ。

 靴飛ばし部がある学校自体が少ない。あとで聞いたが、県内にわずか九校だそうだ。これほどマイナーな競技なのに、やる変わり者も少なからずいるのだから、世界は広い。

 竹内が高校で靴飛ばしを始めたのは驚いたが、「マイナーだからこそ、チャンスがあるんだよ。メジャーな競技で埋もれるより、マイナー競技で名を成した方がいいじゃないかい」という竹内らしい理由を聞いて納得もした。

 これが靴飛ばしの競技用ブランコ……。

 まず、驚くのは、座面の高さだ。一般的な公園にあるブランコは、子供用に作られているから、地面に近い座面に、しゃがむようにして座る。大人が座れば、体育座りかというほど膝が高い位置にくるものもある。

 ところが、競技靴飛ばし用のブランコは、人にもよるが、座面が尻に近い位置にある。乗るとき、ちょっとジャンプしないといけないような高さである。

 身近な物で言えば、教室の机くらいの高さだ。机に座るような感じでブランコに乗ると言えばわかりやすいだろうか……。

 黒いラバーが張られた板状の座面。座面を両側から吊すのは、縄でも鎖でもなく、表面が何かの樹脂でコーティングされた金属製のワイヤーだ。もっとも、俺にはそう見えるというだけで、厳密に何の素材でできているのかはよくわからない。座面から、何かベルト状の物がぶら下がっているのも気になる。おそらく落下を防ぐ安全ベルトか何かだろう。

 後ろから、「おまたせ~」と松林先輩の声。見ると、制服のブレザーを羽織る男を連れてこちらに近づいてくる。今日は暑いので、多くの生徒はワイシャツのみで登校している。が、ブレザーを着てきている人も一定数いる。彼もそんなブレザー党の一人ということだ。ほどよい距離まで来ると、その男の紹介を始めた。

「タカハシ君。こちら、前部長の久米くめ君です」

 紹介された男は、ブレザーのボタンこそ留めていないが、短く整った髪に、顔は小さく端正で、マジメそうに見える。というか、まともそうに見える。……というのは、美女とのほほん竹内とデカい男と外国人……他の連中の見た目が変わっているからだろう。まともそうな人の登場に、ちょっと安心する。美人な松林先輩と並んでいる様子は、お似合いの美男美女カップルに見えなくもない。

「なんか、無理に連れてきて悪かったね。タカハシ君。前の部長の久米優くめゆうです」

 久米先輩が名乗る。松林先輩が横から、

久米優くめゆうでフルネームだからね。短いでしょ? フルネームで私の苗字に勝てないんだよ」

 と笑いながら茶々を入れる。確かに……「くめゆう」は「まつばやし」より少ない。フルネームを使って全力を出しても、苗字だけしか使わず余力を残している松林先輩に勝てないなんて……久米先輩……なんてかわいそう……。男のメンツ丸つぶれだろう。

「はかははえふ」

 高幡たかはたです。と言ってみたが、たぶん伝わっていないだろう。

 もう聞いていると思うけど、と前置きして、久米先輩が話し始めた。

「いや、今年はさ、一年生を一人も入れることができなかったんだよ。何とかミハイル君だけ入ってくれてさ。これで、あと一人いれば、次の大会に出られるからさ、部は存続できるんだけどさ、誰も入らないと大会にも出られなくてさ、廃部になるんだよね……」

 話を聞いていて、この人「さ」が多いなと思った。間を置いて、久米先輩は続ける。

「うちの部、数年前は、めっちゃ強かったんだよ。秀煌しゅうこうにも勝ってインターハイに行って、五位入賞も果たしてるんだよ……。全国で五位だよ。それが、廃部寸前でさ……。俺が部長として、力がないばかりに、こんなことになって……俺の代で部を潰すなんて、正直つらいし、安心して卒業もできないからさ、俺からも、お願いしたい。うちの部に入って欲しい。そうしたら、俺たち三年も安心して、竹内に後を任せられるからさ……」

「ウン、そうそう。ぜひ、ぜひ、お願いします」

 松林先輩も隣で頭を下げる。俺の周りにいた竹内とあと二人も頭を下げた。

「あ~いや、ひよーはわはりわったあ……はひってほいいなあ、まう、このひあってうあつおおっへほいいんえふよえ」

 事情はわかりましたが、その前に、この巻き付いているネットと、口にくわえさせたタオルをとってくれないだろうか? 的なことを言ってみた。伝わっただろうか?

 なぜ、この人たちは、この状態で人にものを頼むのだろう?

 とりあえず、この部にはバカしかいないということは確かだ。

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