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 上半身をテニスのネットで巻かれ、タオルの猿ぐつわで口を塞がれ、竹内たちの部に強制連行されることになった俺は、玄関で靴を履き替えさせられ、外を歩き始めていた。

 竹内は俺のカバンを持ち、横を歩いている。

「大丈夫? 痛くない?」

 と聞いてくるのは先ほどの女子だ。少し振り向いた顔は相変わらず美人で少しドキッとしてしまう。いや、もっとも、振り向いたらさっきと違うドブスに変わっていたら別の意味でドキッとしてしまうだろうが……。

 その人はテニスネットの、柱にくくりつける紐の部分をしっかり持って先導するように一番前を歩いていた。そこそこ長いその紐を引きずらないようにしているようでも、俺が逃げないようにしているようでもあった。

 ネットを巻き付けられているが、とりあえず痛くはないので、言葉に俺は頷く。痛いと叫んで拘束を解かせた方がいいのかもしれないが、このまま、竹内が何を考えているのか、成り行きを見てみたかった。

「あへうい、ほーはいっとはいっへはいあー」

 竹内に「竹内、俺、入るとは言ってないからな」と、言ってみたが、竹内は「ん?」と反応するだけで、伝わった手応えはない。

「『竹内、俺はお前が好きだー!』って言ったんじゃないかな?」

 紐を引いている女子が、勝手な通訳をする。

「え、そうなの? 嬉しいねえ」

 言うわけないだろ! 俺は、違うと首を横に振る。

「今うちの部、廃部寸前なんだよね。四人いないと団体戦出られないんだけど、まだ三人しかいないから。俺と、小谷こやと、ミハイル君……」

 左右でネットの紐を握る背の高いメガネの男と、小柄な留学生の男子を指し示し、軽く紹介する。二人は俺に軽く会釈したので、とりあえず俺も、会釈を返す。

「俺と小谷が二年で、ミハイル君が留学生で、一年がいないから、次の大会出ないとかなりやばいんだよね。最悪廃部になっちゃうかもしんない。内山田洋とクール廃部になっちゃう」

 前を歩いていた女子が振り返って話に加わる。

「そう。だからぜひ入ってもらいたいなあって、こうしてお願いに来たの」

 人の体にテニスネット、口にタオルを巻き付けておいて「お願いに来た」と言っている。ニット帽にサングラス、マスクで拳銃を持って銀行に入っておきながら「お金を借りに来た」と言うに等しい。

 彼女は足を止めて、顔を近づけ、

「私は三年の松林まつばやしです。よろしくね、タカハシ君」

 かわいらしく笑顔を向けてくる。なんだか照れくさくなって、怒りもツッコミも引っ込んでしまった。

「はん、ろ~うん」

 はい、どーも。と言いたかったのだが、猿ぐつわのせいでハン・ローウンという韓国かどこかの人みたいになってしまった。

「三年だから、部活はもう終わりなんだけど、このまま部が無くなっちゃうのはイヤだから……」

 松林先輩は持っていたネットの紐をこちらに見せてから、「ね」と微笑んだ。何が「ね」なのかわからないが、「そんじゃ行こう」と、また紐を引っ張って、松林先輩はまた前を歩き出した。

 それにしても、こうして、馬のように引かれていると、何かを思い出すなあとさっきから考えていたが、わかった。西遊記だ。松林先輩が馬を引く三蔵法師で、3人の弟子が後ろを歩いている感じ。いや、ちょっと違うか? 西遊記は三蔵が馬に乗ってるんだっけ? じゃあ、松林先輩が俺の上に乗ってくれればちょうど西遊記? いや、何を言ってるんだ俺は……。

 ……歩きながら、頭の中で話を整理する。

 今のこの時期、三年生は受験など、進路に備えて部活を引退する。多くの場合、今の時期に行われているインターハイ予選が最後の大会になる。サッカー部の三年生もそれで引退したばかりだ。いや正確には、俺がこの手で引退させたばかりだ。この松林先輩も、部活を引退したばかりの三年生のようだ。

 三年生が引退し、部員が三人になった。四人いないと、大会に出られない。大会に出ない部活は活動していないと見なされる。それですぐ廃部とは限らないが、その状態が続けば廃部は免れないだろう。二年生二人と留学生一人の三人だけという現状は、留学生が期間を終え帰国してしまうことを考えれば、まさに風前の灯火ともしび。廃部寸前の崖っぷち状態。だからこいつらは、俺を勧誘に来た。

 そして、三人の部員というのが俺の周りにいるこいつら。まず一人目が竹内。二人目は俺の左を歩く背の高いメガネ男。こいつは、見たことがある。よく竹内と一緒にいるところを一年の頃から見ているし、背がデカいから普段から校内で見かける度に、「あ、あいつだな」と思っていた。「こや」と呼ばれていたっけ。推定182センチくらいあるだろう。175センチの俺と比べても明らかに大きい。体型はやや痩せて、ひょろっとしている。強そうな感じではない。やや日焼けした顔と、ワックスでとがらせた短い髪。一見運動ができそうだが、表情や動作に活発さは感じられない。目が小さく、頬がこけ、さえない印象だ。纏う雰囲気は完全に文化系男子のそれだ。簡単にまとめると、「お、ぱっと見イケメンっぽいぞ……ああ残念」である。

 もう一人が、右を歩いている外国人。ミハイル君と呼ばれていた。日本人とは明らかに違う、彫りの深い顔立ちの留学生。

 ミハイル君の方は小さい。160センチ台前半くらいだろうか。前を歩いている松林先輩は女子にしては大きい方だから、おそらく、松林先輩の方がミハイル君より背が高い。ついでに言うと、竹内もどちらかと言えば小柄で、身長は160センチ台中盤。松林先輩とそんなに変わらない。

 ミハイル君はさらさらした焦げ茶色の髪で、横と後ろを刈り上げた、いわゆる坊ちゃん刈りのようなヘアスタイル。体の小ささもあって、「少年」感がある。穏やかに、楽しそうに微笑んでいる。

 それにしても、こうして冷静に客観的に見ると、この異様な図は何だ? 他の生徒達に遠くから視線を向けられている気がする。とても恥ずかしい。無理矢理歩かされているはずなのに、恥ずかしいので、むしろ早く行きたい。

 そうして我々三蔵一行は、目的地の第2グラウンドに到着した。

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