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 昼休みのことを思い出した。

「タカハシ~、サッカー部辞めたって? ネットニュースになってたよ」

 竹内が俺の教室までやってきて、そう聞いてきた。

 竹内はいつも穏やかなトーンでゆっくりしゃべる。このしゃべり方を聞く度にああ、竹内だなと思う。

「ネットニュースにはなってないだろ」

「大炎上だよ」

「俺に、そんな影響力ねーわ。なんで炎上してんだよ……」

「辞めるんじゃなくて、もう辞めたん?」

「うん。昨日、退部届出してきた」

「よっしゃ、じゃあ、いまはフリーってこと? 新しい部に入る予定は?」

「『よっしゃ』ってなんだよ。特に決めてない。まあ、でも今はサッカー辞めたばっかりだからちょっと休みたいかな……」

 竹内の言いたいことはわかってる。俺を自分の部に勧誘したいんだろう。俺がサッカー部在籍中も、何度か竹内は「うちの部、誰か入ってくれたらなあ。部員が足りないんだよね~」と口にしていたからだ。

 とはいえ、俺もサッカー部を辞めたばかりで、それなりに心にダメージも負っている。次の部に入ることなど、すぐには考えられない。


 竹内と俺は幼稚園からの幼なじみだ。幼・小・中・高と腐れ縁は続いている。

 家が近所だから、小学校時代はよく一緒に遊んだ。竹内は、昔から柔和な性格だから、ケンカになることもあまりなく、遊びやすかった。「高幡」「竹内」で出席番号が近かったから、同じクラスになれば、席や整列の並びが前後になることも多かった。俺の近くには、いつも竹内がいて、空気のようになじんでいた。

 中学からは、俺はサッカー部、竹内は軟式野球部。別々の道を選んだから、つきあいは減っていたが、学校で会えば声を掛け合い、近況を話し合う程度には仲良くやっている。

 中学時代の竹内は、野球部でピッチャーをやっていた。球速はさておき、コントロールがよく、四球をあまり出さないのがウリのピッチャーだった。

「俺、ストライク入る系男子だから」

 と、日頃から豪語していた。まあ、つまり、ストライクが入るかどうかがピッチャーを選ぶ基準になるようなレベルの野球部だったのだ。

 いつだったか、エースとして挑んだ中三の最後の大会、最後の試合のことを語っていたのを思いだす。

「いや、一回まではパーフェクトペースだったんだけどね~」

「それは、ただ初回を三者凡退に抑えただけだろ。よくあることだろ。パーフェクトペースとか言うな!」

「エースとして五回を8失点に抑えたんだけどね~」

「五回8失点はぜんぜん抑えられてねぇよ! 炎上だよ!」

「味方の援護がなくて、結局初戦敗退だよ」

「8失点が言うセリフじゃねえよ、それ!」

 いつもの表情で穏やかにしゃべる竹内。俺はツッコみつつ、笑いながらその話を聞いていた。笑い話のように話しているが、竹内も辛かったはずだ。三年間毎日練習していたのに、自分が投げて8点取られて、負けて……。でも、竹内はそれをネタにして乗り越える強さがある。いつも楽しそうで、周りを安心させる。俺はこいつのそういう所を素直に尊敬している。

 竹内は中学で野球を辞めた。野球を諦め、高校では別の道を選んでいた。

 俺も、中学でサッカーを諦めるべきだったのかもしれない。惰性でサッカーを選んでしまった俺と、ちゃんと考えて新しい道に進んだ竹内。

 竹内は、のほほんとしているようで、芯はしっかりしている。しっかり自分を持っている。それと比べたら、俺は将来自分がどうしたいのかもわからないまま、ただ生きているだけに思えた。どこかで俺は竹内に敵わないような気がしている。


「そうかそうか。いまはフリーなのね……オッケー、オッケー」

 納得したらしく、それで竹内は去って行った。

 このあと、竹内がテニスネットを使った部員候補(つまり俺)捕獲作戦に暗躍することまでは、つきあいの長い俺もさすがに予測できなかった。

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