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放課後の玄関そばの廊下はガヤガヤしている。じゃあねと小さく手を振って方々に散っていく女子たち。バカみたいにデカいスポーツバッグを持って何か言いながら走っていくやつ。みんなこれから帰るか、部活に向かうのだ。
俺もこれから帰る。帰って、久々にのんびりスマホでゲームでもやりたい……。なにしろ、今日から部活にいかなくていいのだから。
部活に行かず帰るという行為になぜか罪悪感を感じてしまうが、決して悪いことはしていない。堂々と帰ればいいのだと自分に言い聞かせる。
しかし、気のせいかもしれないが、さっきから何か妙な感じがしている。罪悪感からくる何かだろうか? いや、それとはまた別だ。何か気配を感じる。誰かが、俺のあとを付けているような……。
思い切って、振り返る。
見えるのは、ただの廊下や下駄箱のある風景と談笑する人々。怪しげな人物はいない。
気のせいか……?
再び、前を向いて歩き出したところで、誰かにぶつかった。
スカートの制服。女子だ。ぶつかったその相手は尻餅をつくように後ろに倒れてしまった。
「あ、ごめん……すみません!」
俺はとっさに、「ごめん」と言ったが、学年が上の可能性もある。敬語で言い直してから、手を差し出す。倒した相手に手を差し出すのは、元サッカー部の俺にとって自然な動作だった。
その女子は、尻餅をついたような姿勢のまま、顔を上げてこちらを見た。くっきりした目鼻立ちの整った顔……美人だなと思った。その顔に見覚えがあるような気もした。まあ、美人の顔だから、普段の学校生活の中のどこかで、無意識にインプットしているのかもしれない。
その人が、俺の手をつかんだので、引っ張り上げて立たせようとしたところ……。
ぐいっ!!
逆に力強く俺の手が引っ張られた。突然のことに、俺は前のめりになって手を着く。
「今だ!」
うしろから、誰かの声が聞こえたかと思うと、四つん這いのようになった俺の体に、バサッとバドミントンのネットのようなものがかぶれられ、そのままそいつをぐるっと巻き付けられた。先ほどの女子も、なぜかネットの巻き付けに加担している。
何が起きている? わけがわからない。
わかるのは、どうやらこの女子はさっき、わざとぶつかってきたってことだ。
上半身がネットでグルグル巻かれ、腕の自由は完全に奪われる。ネットの端の紐をうしろで、ぎゅ~っと引っ張られ、結ばれる。正座みたいに座り、つま先だけ立てたような状態で上半身を縛られている俺は、端から見れば、お縄を頂戴した泥棒の図みたいになっていることだろう。
「よし、捕獲完了! みなさんお疲れさまでした。……じゃあ、そのまま持って行こうか~~」
この声……首を回して、ネットを巻き付けた犯人を見ると、よく知った顔があった。
やはりお前か! 竹内のうしろにも、二人の男の影がある。一人は背の高い黒縁メガネの男。もう一人は小柄な外国人……たしか、先月くらいからうちの学校に来ている留学生だ。
「
「あ、これ? テニスのネットだよ。テニスのコートの真ん中に立てて使うやつ……」
バドミントンのネットじゃなくて、テニスのネットだったらしい。
「テニスはこのネットを越えるようにボールを打つスポーツなんだよ。もう少し詳しく言おうか? テニスというのは、ラケットを使ってボールを打ち合う競技で――」
「そんなこと聞いてねえんだよ! なんか、さっきから誰かうしろにいんなあとはお……ぉうっ!」
竹内に抗議の意を伝えようとした俺の口に、背の高いメガネの男が、タオルを噛ませてきた。
「タカハシ、話はあとで聞こう。とりあえず部までご同行願おうか」
セリフ口調の竹内に引き上げられ、身動きできないまま立ち上がる俺。なんか、刑事と犯人みたいになっている。無論、俺は無実だ。
ちなみに、タカハシというのは俺のことだ。ただし俺は「
「竹内君、ここまでやって大丈夫?」
先ほどの女子が、俺に巻き付いたネットから垂れ下がる紐を手に取って、二~三回ピンピンと引っ張ったり緩めたりしながら、竹内に問う。
「いや、これくらいやらないと、こいつは来てくれないですよ。それとも、本人の意思を尊重するつもりですか?」
「ううん。本人の意思はどうでもいい。強制的に来てもらうから」
この女、なんか酷いことを言っている気がする……。竹内が敬語ということは、やはり三年生の先輩だろう。
「ですよね。まあ、せっかくソフトテニス部のネットも借りられたことですし、使わないのももったいないですからね」
「ああ、これ、ソフテニから借りたんだ……。どこから持ってきたんだろうって思ってた」
「部員候補を
人を拉致する道具を貸す人はいい人ではない。くっ、ソフトテニス部の人め! 誰だか知らないけど、そんなだからお前は軟式なんだよ! この軟式め!
「じゃあ、とりあえず行こうか!」
と、ネットの紐を持ったまま歩き出す三年生女子。女子としてはやや背の高いうしろ姿、肩に届かない程度の清潔感を感じさせる長さの髪を眺めながら俺は素直に歩いていた。
抵抗せず歩いているのは、この美しい女子の紐に引っ張られているからなのか、竹内に軽く背中を押されているからなのか、自分の意思なのか、自分でもわからなかった。
背の高いメガネの男は無表情で、留学生はニコニコしながら付いてくる。どうやら俺は、これから竹内の部に連れていかれるらしい。
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