第44話 - 掃除の日 -

-数日後-


「ガード、シスターをもうこれ以上拘留できないぞ」


 同僚たちで集まっていた。あれから10日ほど立っていた。公務執行妨害だけではこれ以上エスティナを拘留することが難しいという。


「今エスティナを解放するのは危ないと思う。自ら命を絶つかもしれない」


「だが医師も呼んだが、しゃべらないんじゃ診断すら付かない。どうするんだ? 何か新しい容疑をでっちあげるか?」


「――その必要はありません」


 !


 皆が振り返ると、手錠だけ掛けられたエスティナが、牢から連れられて出てきていた。


「シスター、もう大丈夫なのか?」


 適当に空いている椅子を差し出し、座らせる。


「みなさん、本当にご迷惑をおかけしました。御恩は忘れません」


「恩を返したのは俺らのほうだって。普段、散々世話になってるしな?」


 教会を利用する兵士は多い。エスティナとも顔なじみばかりだ。


「で、どうするんだ? 教会の職務に戻るか?」


「そうですね。通常職務をしながら、準備を進めます」


「準備?」


「ユミ=マーガリンだけは、刺し違えてでも殺します」


 ――!


 エスティナの南区での顔を知らない者達は一瞬の凄みに息を飲む。


「そりゃ無理だって。ユミ=マーガリンと言えば、一個隊以上の強さってのは有名だろう?」


「そのための準備です」


 はあ、復讐そっちに行っちゃうのかよ、といった詰め所の雰囲気になる。


「お前らー、誰かなんとかしろ。このままじゃ俺たちのシスターが悪堕ちしちまう」


「俺が引き受ける。元々俺が持ち込んだやつだ」


「おっ、ガード頼むぞー」


「出よう。書類を書いてくれ」


 エスティナを嫌疑不十分で釈放した。詰所を出て、近くのベンチまで行って2人で座る。


「掃除は得意か?」


「……なんです? いきなり。掃除は聖職者の基本です」


 紙を見せる。ガーゴイルの名で取ったシュルーサー家の掃除の斡旋を見せた。


「これに一緒に行かないか。何かわかるかもしれない。いわゆる、潜入ってやつだ」


「……こんなものを」


 報酬が決まっているだけで、参加人数を制限してはいない。エスティナを手伝い登録して出し直せば良い。少し考えたあと、エスティナは了承した。手がかりが何もない状態よりは、ということだ。


「あなたに掃除は無理でしょうから」


 図星だった。


・・・


 掃除日の当日、清掃員姿となってガードとエスティナの2人は西区を歩いていた。互いにエプロンの下は完全武装状態だ。移動中、施設前の戦いを振りかえっていた。


「だが、あの少女は汚染者だった可能性が高い。ユミはわざわざ部下に確認しながら討ち取りと捕縛を的確に分けていた。結果的にユミはお前への感染を防いだとも考えられないか?」


「そのことも、牢の中で葛藤しました」


 しかしやり方というものがある。無残な肉片にする必要もない。確証こそないが、感染は移植者限定とも聞いている。ならば、不幸の連鎖自体を絶つと、目に力を込めた。


・・・


 少し行くと、なぜかうろつく朝姫の姿があった。


「ん? 来たのはお前たちか」


「え? たしか、神来社様、ですよね」


 朝姫はガードたちの試合をスタンドから見ていたが、エスティナは初見だっただろうか。


「こいつは単なる暇人だ。気を使わなくていい」


「国賓様にすごい口の利き方ですね」


「ん? なんか、顔が何か赤くないか。体調不良か?」


「き、気のせいじゃろう」


・・・


 ――こいつ、使いやがったな。例のブツを。女にも効果があったか。


 しかし、朝姫がうろつくにしてはめずらしい場所だ。


「お前たち、この貴族邸に入るのか?」


「ああ。掃除の依頼を受けている」


 すでに目の前だが、非常に敷地が広く入り口の門はまだはるかに遠い。聞けばシュルーサーは公爵家だと言う。国内に3件しかない、超名門だ。侯爵家であるクリス宰相やベーリットよりも格自体は上だ。


「大きな星の動きが見えたので直接見に来た。今夜、ここの当主が、おそらく暗殺される」


 !?


「な、なんだと!?」


「そして、犯人と別の者に罪が着せられ、処刑される」


 !


「くくっ お前らなど、うってつけじゃな?」


 ニヤっとこちらを見て朝姫が笑う。ガードとエスティナはその告知に驚愕した。


 ――ハメられるってことか? だが誰に? アンナか? いや、全く断定はできない。そもそもこの朝姫を信用できるのか?


 どうする? とエスティナに向き直る。さすがに驚きを隠せていない。朝姫がエセ占い師でなければ、引き返すべきだろう。


「あ、朝姫の先見、か星詠みか知らないが、必ずその未来になるのか?」


「いや、全くならぬ。少しの異なった環境が加わるだけで、未来などいくらでも変わる」


・・・


「だが、その”道”から外れた場合は、星の陰りが消える」


 ――俺のエロ本の星の陰りは、なんて聞いてる場合じゃない。


「行ってこい。そして情報を教えよ。お前達のアリバイは私が作る。事になっても助かるように手を打つ」


 札を一枚渡される。


「……俺だけでいく。元はそのつもりだった」


「いえ、ますます行く気になりました。朝姫様、後ろ盾のほど、お願いします」


 朝姫は鉄扇で口元を隠し、うなずいた。門へ向かう。


・・・


 門の前に到着する。数人の姿があった。アンナの姿も見える。門番に斡旋表を渡す。


 アンナがこちらの姿を見て、明らかに動揺する。門番と共に並ぶところを見るに、まず間違いなく”この家側”だ。


 ――全部で7人、男は俺だけか。


 門番に耳打ちすると、アンナだけ先に中へ忙しく入っていった。

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