第14話 - 腹の風穴 -

「……! ……!」


「……様!」


「ガード様! ガード様!」


「……」


 ゆっくりと意識が戻る。


 ……シャーロテ、フローラ……?


「ゴフッ! ゴフッ!」


 ――そうだ、俺は昨晩、神来社朝姫に刺されて……。


「しっかりしてください!」


「……治療して、くれたのか」


 2人が医務室のベットサイドに寄り添い、不安の様相で声をかけていた。


「私たちは治癒魔法の心得があります。間に合ってよかったです」


 城の中だったのが幸いした。すぐに処置を受けられたようだ。


「ガード様、お話は伺いました。神来社様に刺されたとか」


「シャーロテ、彼女を責めないでくれ。……俺に気を付けるように事前に助言はしてくれてたんだ」


「しかし……」


 フローラはさらに捲し立てようとするシャーロテの肩にスッと手を置いた。


「――! ――!」


 医務室と廊下の間が騒がしい。子爵が文句を言っているようだ。父親の声がする方に視線を送りつつもシャーロテが首を横に振るう。


「……さすがに国賓相手では、子爵家程度では何もできません。フローラ様でも難しいでしょう」


「シャルちゃん……。シャルちゃん、突然だけど、ガードさんとの婚姻届け、返して欲しいの」


 この2人は深夜から共にいたはずだ。頃合いを見てか、フローラが以前の話を持ち出す。


「……申し訳ありません。それはできません。フローラ様、私はあれに賭けているのです」


「そう……」


「フローラ様、もしもの時は――」


「おお、目が覚めたようじゃのう」


 !


「あなたは……!」


 朝姫が入室してきた。何も意に介さず悠々だ。子爵は暴れそうになっていたのでどこかに連れていかれた。ガードをハメはしたが、何だかんだで裏表がなく、気持ちは真っ直ぐで、どこか憎めない人だ。


「おっと私を恨むのは筋違いじゃぞー?」


「ですが、短刀を引き抜かず、癒しの巫女のあなたなら治療までもできたはず!」


 シャーロテが噛みつく。


 ――嘘つけ。この女のどこが癒しだ。暴力の塊だろ。


「ふむ、やはりな」


 朝姫はシャーロテなど一切相手にせず、ガードに視線を送っていた。


「んー、ならば埋め合わせはしよう」


 シャーロテが引き下がらないのがめんどくさいと言わんばかりに、投げやりに譲歩してきた。


「だが、覚悟は、しておけ? 因果に向き合わぬ者、成すことあらぬ」


 ――ゾクッ!


 一瞬とてつもない悪寒がした。それが誰に向けられたものか分からなかった。


 女メイド侵入者を発見したため個人で迎撃したところ、たまたまガードが居合わせ、手違いで負傷させた。朝姫は客観的に報告したようだ。周囲のこの様子だと朝姫がじゃじゃ馬なのは公認のようだ。


・・・


 3日ほど通院しながら自宅で療養となっていた。


 ピンポーン


「ガードくーん」


 エルだ。しばらく疎遠だったが、試験の交流以来会う頻度が増えていると実感はしていた。儀式を見た後は、以前よりも恐怖心が後退していた。禍々しい魔導契約類の多くが破棄され、神の気質が増えたからだろうか。


「そうだ、腹の傷でも治してもらおう」


 玄関に向かう。


「どうした?」


「あのね、シース・オー様と神具を作ったんだけど、使わないから、ガードくんどうかなって」


 そんなものを借りてよいのだろうかという顔をする。


「そうだエル、腹の傷、治してくれないか。大けがしてるんだ」


「ん? わっ すごいケガだね。ちょっと待ってね」


 エルが手をかざすと患部にブワっとエネルギー籠る。


「あれ? もう治療を受けてるんじゃない? 回復術がかかってて大丈夫だよ」


 ――そうか、シャーロテとフローラ様2人で診てくれたんだもんな。


「あれやってくれよ。復元」


「んー、復元は出た血とか損傷した装備とか服が、その場に全部残ってないと無理だよ」


「なるほど、その場の材料を逆行させて元に戻してるのか」


 完治するまでには自然療養が必要だという。だが痛みは少し軽減した。


 郊外の自由演習場まで2人で来た。武芸や魔法を自由に扱っていい区域だ。5キロ四方にも及ぶ区域は、周囲は割れた岩や、抉れた地面など、殺風景だ。


 神格同位を得たため、神格者は神具を所有することが通例であり、エル専用の武器を創造したようだ。


「なんでもよかったから槍にしたよ? 儀式と神事のとのきだけ返してね」


「なんで槍なんだ? 魔具とか杖なら自分で使えただろう」


「魔具や杖は儀式で映えないから剣か槍がいいんだって。それに私学者だから、別になんでもよくて。それで、ガードくんがたしか槍使いだなって思いだして」


「ん? 俺は槍使いじゃないぞ。仕事は剣か槍だが」


「あ! そうだったね。ガードくんはナ――」


「わああああああああ!」


 なんとかかき消した。


 ブオンッとエルが手をかざすと槍が具現される。


 ――すげえ、オーラが溢れ出てる。俺に扱えるのか?


「神槍リザル・エル・スラル。山をも穿つって言ってたよ。意味は『結果を求める者』。研究者として成功するようにって願掛けだよ」


 ――なんだその、俺の中等部の頃の心をくすぐる名前は。その気になってしまいそうだ。


「よし、そこの岩を突いてみよう」


「はっ!」


 ガンッ


 腹部の負担にならない程度に突いてみた。しかし。切っ先が食い込んだだけだった。しかも抜けなくなった。


「……ほんとに使えるのか? 見掛け倒しじゃないのか?」


「そんなことないよ?」


 ガードが手を放すとエルが刺さった槍に手をかざす。ズッっとゆっくり抜け、そのまま向きを変えてゆく。手を振り、右方向にあった10メートル四方の厚い岩盤に向かって放った。


 ヒュンッ ――ズガンッ!


 槍は突き抜けていき、岩盤はそのほとんどが消失し、三日月のような抉れ痕だけが残った。


「……」


「ガードくん、レベルが低いからじゃない? 合わなかったら返してね。お店に売っちゃだめだよ?」


 幼馴染はガードの性格を熟知していた。


「あ、それと頼みがある。これを預かってくれ」


(神槍リザル・エル・スラルを借りた)

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