第13話 - 月下の狂刃 -

 宰相の執務室から退室するとすぐにフローラが追いついてきた。


「ガードさん、すみません。父が頑固者で。配置変えまで受けていただいたのに」


「いえ、実は少しスッキリしています」


「え」


「10年前オヤジを亡くして以来、誰かにガツンと叱責されたことも無かったので」


「緩みがありました。気を引き締めます」


「あ……」


 フローラは少し不安を覚えた。どこか達観したガードが何かの際に脆く崩れてしまうのではないのかと。


・・・


 夜勤だ。


 城の灯りは3/4が消灯されているためかなり薄暗い。誰も通らない廊下に槍をもって佇む。


 バリッ


「ん?」


 少し音をしたほうを見たその瞬間――


 すでに誰かに後ろを取られ、首元に刃物を突きつけられていた。


「お前は今夜、何も見ていない。そうじゃな?」


「はっ! 異常ありません!」


 相手が誰だか知らないが十八番を繰り出す。トラブルは御免だ。


「お、や、やけに素直じゃのう」


 異常を起こそうとしている相手のほうが困惑していた。見えた姿は……、


 ――神来社朝姫(からいとあさひ)! なぜ国賓がこんなところに!?


 以前と違い今度は同じ赤だがスッキリとした和服を肩まで見えそうなくらい着崩していた。が、そこまで胸はない。帯が片側へだらりと垂れている。


「よろしい」


 朝姫は短刀を仕舞い、鉄扇を持ち出す。そしてガードの少し後ろの上方に目をやる。つられてそちらを見る。


「……? ……!?」


 天井の消灯されていた照明器具に、謎の女メイドが捕まっていた。


・・・


 天井から垂れる照明具に捕まっていたメイドが飛び降りがてら、ガードの前を通過し、蹴りを浴びせる。朝姫は閉じた鉄扇でいなしつつ反動で後退して止まる。


 ――!


 数メートル空けて無言で対峙する。メイドはやや手を横に広げ無表情、

一方朝姫は口元を隠すように鉄扇をやや開けている。


 メイドの右手に短刀が具現する。


「ふぅ」


 息を吐ききった後、一瞬吸ったと同時に、

相手へ一足飛びで迫り、短刀を繰り出す。

朝姫は鉄扇で交わす。


 2撃、3撃、徐々に速度が上がっていき縦横無尽の連続攻撃へと繋がる。

メイドと朝姫、共に前傾姿勢となり完全な撃ちあいの様相となる。


 金属の断続的な衝突音が鳴り響く。


 ――全て鉄扇で受けきっている!


 その上、薄ら笑いを浮かべている。


 上段への大振りが行われた際、朝姫は下に交わす、

一連の動作から、今度は伸びあがるように蹴りを放つ。

メイドは両手で防御させられ、反動の後退を余儀なくされる。


「チッ」


 後ろに向かって逃げるように走り出す。朝姫もすぐに追い駆け出した。


 トンッ


 メイドがガードの前を通過する際、腹のあたりに軽く掌底を当てていく。

次いで朝姫も目の前を通過していく、目だけこちらを見ながら、


「解除しけおけい」


 呟いていった。メイドは大部屋の入り口の前で止まり、木造扉に手を添える。

すぐに朝姫も追いつく。


 瞬間――


 バンッ


 畳返しのように木造扉が90°開き、朝姫に衝突しそうになる。が、瞬時に扉に掌底を当てながら飛びバックステップし、扉を迂回するように室内へ入る。


 ガードもいたたまれなくなり扉の内部の様子を覗き見る。


 20坪過ぎほどの洋室、中央の両サイドにソファーがある会議室の1つだ。メイドは室内奥に到達し、こちらを向いている。入ったばかりの朝姫と、再び直立で対峙する。廊下のわずかな灯りと窓から入る星と城下の灯り以外に光はない。


 ッ!


 スっとメイドの両手に球体が握られる。同時に腕をクロスするように床に叩きつける。ボンッと煙幕が室内を覆う。煙で前は何も見えない。


「フッ」


 すぐに、手に札(ふだ)を発現させた朝姫は、相変わらず薄笑いのまま真正面へ放つ。その後すぐ姿勢を正し、目を瞑り、一拍する。


 パンッ


 煙幕は一瞬で消え失せ、シンッと部屋が静寂し元に戻る。

メイドは窓際に背を向けていたが、驚いて顔だけにこちらを振り向いた。

脱出しようとしたのだろう。


 クナイが窓ガラスを突いていた。が、割れなかったようだ。

窓には四方に札が張り付いていた。朝姫が放った結界だ。


 メイドは仕方なく向き直る。つぅっと一筋の汗が滴る。

朝姫もまた、ゆっくりと鉄扇を口元へもっていき、ニヤ付いた口を隠す。


「ふうぅぅ」


 呼吸と同時にメイドの闘気が一気に上がり魔力も一気に濃縮されていく。

大技の予感がした。

スッと今度は球体ではなく、通常サイズの半分の小型クナイが具現され、

投げた。


 瞬時に反応し、朝姫も札を発現し、放つ。朝姫のすぐ側でクナイと札がぶつかり、撃ち落とされる。


 右、左と2本のクナイが投げられる。と同時に札を発現し、片手で2枚放つ。

またぶつかり床に落ちる。


 右、左、右、左、徐々に投げる速度を上げ、断続的に投じられる。

対して同じペースで札を次々繰り出し、放たれ、ことごとく全て撃ち落とされる。


 ゆくゆくメイドのすさまじい高速モーションから、直線だけにあらず、

弧を描くラインにも無数のクナイが投げられ始め、全て朝姫へ向かう。


 クナイの具現サイズをさらに小さくし、片手に2.3本同時に繰り出す。

朝姫はクナイの物量に対応すべく左で持つ鉄扇を消し、その片手も上げ、

両手で札の発現を執行し、あらゆる角度から手首のスナップのみで札を放つ。


 投げる。

 まだ投げる。

 まだまだ投げる。

 まだまだまだ投げる。


 キキキキキキキキッ!


 すさまじい金属音が室内に鳴り響く。


 ――なんだ、これは!


 衝突位置が押され出す。メイド側に近づいていく。

すなわち朝姫の札の放出速度が上回っている。

床にはすでに足の踏み場もないほどのクナイと札が落ちる。


 目前まで押されたメイドは通常の大きさのクナイに持ち替え、

一振り、二振りし、同時に迫る数枚の札を叩き斬っていく。


 朝姫も少し溜め、右、左とやや大振りで札を放つ。

その2枚が分裂しそれぞれ5枚ずつになる。

その10枚の1つずつがさらに5枚に分裂し、


 天井、左右の壁に無数の札が張り付く。


「さて起爆府はどれかのう」


 メイドは当たりをつけたのか、クナイ数本をそれぞれの位置の札に投げ刺す。

当たった札は消失する、が。


「答えは全部じゃ」


 正面へ2本の指を立てた状態からクンッと折る。


 ドンッ!


「ぎゃっ!」


 爆風が吹き、メイドは宙に舞い上がる。朝姫は匕首(あいくち)を具現させ、逆手に持ち、一足飛びでメイドを突きに飛ぶ。


 そして――


 ズン!


 ――刺された。



 ――俺が。



「がっ…… はっ……!」


 なぜか急に目の前に朝姫の顔があった。鳩尾を貫かれている。


「なんじゃ? 解除しておけというたのに」


 部屋の入口からは遠のくメイドの足音が聞こえた。


「変わり身か」


 朝姫は廊下側を振り向き、一瞬考えたが、匕首を抜き、収める。


 ――おい、引き抜くのかよ……


「まあ、衛兵などいくらでも替えが利く」


 最悪な状況、視界には美しい姫が映っていた。ガードの意識はそこで途切れた。

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