第6話 - 花火の大会 -

 帰宅した。


「……」


「イヤッホーーーーーーーーーウ!! 年金ゲットーーーーーーーーー!」


 ニヤケが止まらない。浮かれてはダメだとおもいつつもテンションが上がってしまう。


 いや、もちろん報酬は仕事をしたらだ。手帳を取って宰相の娘、フローラ=ハンセンに会いに行ける日を確認する。


 そして――


 テンションが天から地面以下まで堕ちる。


 明日 [建国祭 エルと花火]


「……」


・・・


 息が乱れ始めるがなんとか深呼吸をする。


 ――落ち着け。明日を乗り切るんだ。人生誰だって山あり谷ありだ。失敗しないように綿密に計画しよう。


 母親同士のチケットと言っていた。おそらく河川敷の有料の観覧席だ。シチュエーションはおそらく2人だろう。


 とすると、近しいのは『デート』だ。デートを元にシミュレーションしよう。


 前回の最後の別れを思い出して、最初にかける声を決めるんだ。それがうまくいくデートだ。”同僚チャラ男衛兵先輩”がそう言っていたはず。あれはたしか……。


 女性審判が殺されて、生き返らされた。対戦者2名の意識が乗っ取られた。


「……」


――ありないだろう。なんだそれ。会ってなに言えっていうんだよ。



1.試験、楽しかったな。 と振り返る

2.今日の服、かわいいね。 と褒める

3.ケガはなかったか?  と気遣う

4.殺さないでくれ。  と命乞いをする



「……」


 ――4、だな。常識的に考えて。よし。これでいこう。


 少し気が楽になった。


・・・


-花火大会当日-


 大会が行われる河川敷方面へ移動する。すでに日は落ちていたが、灯も設置されており、比較的周囲も見える。


 有料観覧席の入り口前で、先に浴衣のエルが浮いて待っていた。いろんな意味で。魔力があり得ないことに加えて周りにほとんど誰も居なくなっていて、ポツンとしていたので見つけやすい。


「見て見てー、あのウィッグ、色が青や赤に変色するなんてオシャレー。お祭りにいいねー」


 不意に通りかかった若い女性達がエルを見て言うが、誰だか分かると真っ青な顔をして消えていった。


 よし、心の準備はできた。声をかけよう。


「あ、ガードくん、こっちだよ。でもなんか今日虫が多いね」


「た、たのむ、殺さないでくれ」


「あ、そうだよね。ガードくんやさしいね」


「……」


 失敗した。


 ドンッ! パパパ


 花火大会が始まっていた。観覧席は入場式の自由スペースだ。この区画はおよそ200人程度を収容する。が、2人のすでに周囲は誰もいなくなっていた。一番近い人で10メートル弱は離れていた。2人だけの空間が出来ている。


「わーキレイだね」


「ああ……」


「……あれ? ガードくん……やっぱり心拍数と精神値が高いよ?」


「き、きにするな、たまたまだ」


「……そんなことないよね? ここ最近会うたびにそうだよ。ガードくん、私に何か隠してない?」


 エルが完全にガードへ向けて疑いの眼差しを向けている。あなたが世界一恐いですとは言えない。


 ――!


 ――ど、どうする? なんて言い訳すればいい? どうすれば乗り切れる? 機転を利かせろ。それが俺だろうが。


「……」


 ――言うしか、ねえ……! 他に手も考える時間も無い。頼む、うまくいってくれ……!


「エル、聞いてくれ。実はな――」


「お前のことがずっと気になっていた!」(身の危険的な意味で)


 ――!


 ドンッ! ドンッ! パラパラ


 ――嘘は、言ってねえ。もう、天命を待つしかない。


「……ガ、ガードくん、 そうだったんだ……」


「でも、ごめんね、なんかガードくんは近すぎて、姉弟みたいにしか思えないよ」


 ――!


 ――いいいいよっしゃああああああああああああ!!


 賭けに、勝った。


「でも考えて――」


「そうか! 気にするな! 返事は永遠にいらない!」


「え?」


「恥ずかしいから帰るわ! わかるだろ? そういうの。そんじゃ!」


「あ……」


 解放感と歓喜の猛ダッシュで帰宅した。


「……」


 ――ていうか俺が弟のほうだったのか。まあどっちでもいい。


・・・


「ただいま! お前たち!」


「異常なかったか? 今日は一杯やろう!」


 雑に冷蔵庫からアルコールを出しサボテンを前に飲み明かした。隣の家からは普段以上に強い魔力が溢れ出ていた。


・・・


「お疲れ様です!」


 数日後、すこぶる上機嫌だった。今日は待ちに待った宰相の娘、フローラに会いに行く日だ。勤務が前半で終わる都合のいい今日に合わせて私服も持参していた。


 甲冑から訓練着のジャージに着替え鏡を見る。


「よし、ばっちりだ」


 ――粗相のないようにしなければな。願わくば今日も運命の女性のようにぶつからないものか。


 おそらく、王宮庭園の花壇の任で、そのあたりに居るはずだ。さっそく向かうことにした。城門をくぐる手前で今一度姿を見直しポーズを決める。


 ドッ


 不意に突き飛ばすように人とぶつかる。


「邪魔じゃ」「ぐあ!」


 和服コスプレ女に後ろからぶつけられる。


「てーなコラ。邪魔なのはテメエだ。俺は今から一世一代の大勝負なんだ。消えろ」


「ずいぶんな言い様じゃの? 決めた。呪いをかけてやる」


「人の行く裏に道あり花の山、いずれを行くも散らぬ間に行け」


「?」


 ――来た!


「おっとてめえの相手はここまでだ」


「ぐへ!」


 ブツブツ言っている和服コスプレ女を突き飛ばす。フローラの姿を認識する。軽い農具を持ちながら、花畑を見ながら周回してきた。


 ――ああ、フローラ様、すばらしい。あなたが年金に見える。


 さっそく出て行って不意を装い声をかけた。


「お久しぶりです! 以前は――」


「え? きゃあああああ! 侵入者です! 誰か!」


 ――え?


「何事だ!」


 衛兵がぞろぞろと駆け付ける。


「おとなしくしろ! ハンセン様、大丈夫でありますか! どこのゴロツキだ!」


「な、お前は!?」


 普通に同僚だった。


「……」


「ガード、ついにやったか……」


「なっ ち、ちが!」


 しょっ引かれていった。


 ――そうか、フローラ様は俺の顔知らないんだった……。


・・・


 先ほど退勤したばかりの詰め所に戻ってきた。ガードはイスに縛られて座らされていた。


「ガード、お前なーにやったんだぁ」


 呆れた顔で所長に詰問されていた。


「えーと、ガードとさっきまで任についてた奴は……」


「お前と、お前、ガードを釈明できるか?」


 所長はさっきまで同組だった、後輩衛兵とガングロ女衛兵に振る。


「いつかやると思ってました」


「大人しくて真面目でー、普段目立たないけど急に怒り出すことがあってー」


 ――こ、こいつら……。てか女、適当言いすぎだろ。


「ガード、お前、直近で自分を弁護できる知り合いがいるか? ないとこのまま正式な手続き入るぞ」


 ――宰相には密命と言われている。接触は避けろとも。呼べない。というか俺が呼べる身分なわけがない。


 直近で合った人間と言えば……


1.エル

2.シスター

3.キャオル

4.ガーゴイル


「……」


 ――いや4はないだろう。人間ですらない。キャオルは試合しただけの仲だ。日にちも大分たっている。除外だ。エルなんてありえない。助かりたいのに死に近づいてどうする。


 ――シスター、か?


・・・


「シスター・エスティナをお連れしました!」


 シスターはこちらをゴミを見るような目で一瞥し、何も言わず去っていった。


「……」


 ――いや、そもそもなんでシスター? ありえないだろう。好感度的に。


「シスター、ガードについて、何かありませんか?」


 所長が手掛かりくらい欲しいと促す。


「……そうですね。教会にツケがありますよ」


 言うと今度こそ去っていった。


・・・


「失礼します」


 2名の宮廷職員の服装をした役人が入ってくる。役人は所長の横まで来て耳打ちをして、そのまま帰っていった。


「……ガードを自由にしてやれ」


 開放された。明らかに宰相の手を煩わせていた。初手からイメージはマイナスだ。


 年金が遠ざかった。

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