045 別れの時

 龍斗たちは東京に戻ってきた。


 その足で大田区は久が原にある龍斗の自宅に向かう。


「ポポロの送別会だ! 派手に楽しもうぜ!」


「おおー!」


 ピザやら寿司やら、とても食い切れない量のデリバリーを大きなテーブルに並べて、龍斗たちは三人で盛り上がる。


「寂しいなのです、うわぁぁぁぁぁぁぁん」


 ポポロは早くも泣きまくりだ。


 ただでさえ塩分たっぷりのピザを、涙でさらにしょっぱくして食べている。


「そう泣かなくてもまたすぐに会える……いや、会えないわね。エルフの里は人間の立ち入りが禁止されているし」


「そうなのです……うわわぁぁぁん」


「会えなくても手紙やメールのやり取りはできるんじゃないの? エルフの里でもスマホとか使えるんだろ?」


 ポポロの動きがピタッと止まる。


 しかし次の瞬間、またしても目に涙が溢れてきた。


 その反応を見て、龍斗は答えを悟る。


「無理なのか」


 ポポロの代わりに仁美が「だねー」と答えた。


「たしかにエルフとも手紙やメールのやり取りをすること自体は可能なんだけど、小学校で過ごしている間は禁止されているんだよね。手紙どころか家族とすら会えないらしいよ」


「すごいな。日本の学校で同じ事をしようものなら苦情が殺到するぞ」


「寿命やら何やら違うから仕方ないね」


 エルフは数多の種族の中でも特に寿命が長い。


 そのせいで、他の種族とはしばしば悲しい別れ方をすることがあった。自分たちは老化していないのに、仲間たちは急激に老化していく……。特に、平均寿命が80歳ほどしかない人間との間では顕著だった。


 だから、エルフたちは常々「他の種族とはできるかぎり仲良くしないように。関わる時は短い付き合いに留めておくように。それが自分や相手のためだ」と叩き込まれている。


 ポポロはその教えを破り、龍斗たちとの関係を深めてしまった。


「ポポロ、学校には行きたくないのです。ずっとここにいたいのです」


 びーびー泣き喚くポポロ。


「そうは言ってもそういうわけにはいかないからねぇ」


「残念だが仁美の言う通りだ。それに……」


 龍斗の視線が玄関の方へ向く。


 ピンポーンとチャイムが鳴った。


「逃げようにも逃げられないからな。エルフからは」


 龍斗は応答用の受話器に近づく。


 画面に表示されているカメラの映像で相手が分かった。


 大人のエルフだ。ポポロの両親である。


「はい」


 受話器を取って短く答える龍斗。


「ポポロを迎えに来ました、開けてください」


 女のエルフが言う。見た目は仁美と同い年くらいだが、実年齢は数百歳だ。


「ポポロ、お母さんとお父さんが迎えに来たぞ」


「うぅぅぅぅ……」


 ポポロはしばらく唸り続けた。


 そして、唐突に表情をパッと明るくする。


「かくなる上は食べまくるのです!」


 次の瞬間、彼女は恐ろしい勢いで食べ始めた。


 Lサイズのピザを10ホール食べ、さらに寿司を50貫。


 コーラを飲んでゲップすると、今度はフライドチキンを食べまくる。


「ポ、ポポロ……」


「大丈夫かよ、そんなに食べて」


「だ、だだ、大丈夫、なのです……」


 全身をパンパンに膨らませるポポロ。


「これでしばらく食べなくても平気なのです」


 そう言って、彼女はゆっくりと玄関に向かう。


「お父さん、お母さん、お待たせしましたなのです」


 扉を開けて笑みを浮かべるポポロ。


 両親も嬉しそうに笑った。


「陣川様、宮島様、娘の相手をしてくださりありがとうございました」


 ポポロの両親が龍斗たちに頭を下げる。


「こちらこそありがとうございました」


「ポポロには私たちもたくさん助けてもらいました」


 龍斗と仁美も頭をペコリ。


「ポポロ、あなたからもお礼を言いなさい」


「はいなのです」


 ポポロは背筋をピンとして、振り返り、龍斗たちの顔を見る。こみ上げてくる涙を必死に堪え、精一杯の笑みを浮かべた。


「龍斗、仁美、今までありがとうございましたなのです。ポポロ、すごく楽しく楽しく過ごせたのです。龍斗、レベル上げを頑張ってくださいなのです。仁美、自分の気持ちに正直になるのです」


 ポポロは深々と一礼して、最後に一言。


「ポポロたちの友情、証明完了なのです!」


 二人に背を向けて歩きだすポポロ。


 彼女の両親は一礼してからそれに続く。


「これが仲間との別れというものなのか」


 龍斗は空を見上げる。


 その瞳からは、一筋の涙がこぼれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る