041 ポポロ

 8月が終わり、9月になる。蒸し暑かった気温が日に日に下がっていき、中旬になると秋の到来を予感していた。


「明日は土曜日なんだ。キリよくここで上がってくれぇぇぇぇ!」


 コカトリスクイーンにキャノン砲をぶっ放す龍斗。


「キュイイイイイイイ」


 怪鳥は為す術なく粉砕された。


 それと同時に、龍斗のレベルが目標の110レベルに到達した。


「私は109のままだけど、龍斗はどう?」


 仁美の問いに、「110になったよ」と笑みを浮かべる龍斗。


「これで鷹ノ巣山も卒業かー! ようやく解き放たれるぅー!」


 両腕を上げて伸びをする仁美。


「おめでとうございますなのです!」


 ポポロは龍斗に拍手を送った。


「次はどんな大物を狩るの? もちろん決まってるんでしょ?」


「もちろん」


 龍斗はニヤリと笑う。


「次の獲物は――琵琶湖に棲むアイツだ」


「琵琶湖って…………えええええぇぇぇぇぇぇえぇえええ!」


 仁美は白目を剥いた。


 ◇


 翌日。


 龍斗は板橋区にある閑静な住宅街に来ていた。


 月曜日からの大物狩りに向けて準備――ではない。


「お待たせしましたなのです!」


 一軒家から出てきたのはポポロだ。


 龍斗の目の前に佇むこぢんまりした家が日本におけるポポロの自宅であり、この周辺はエルフ族の居住区となっていた。


「車じゃなくて悪いな」


「一緒にいてくれるだけで嬉しいのです!」


「オーケー、ならさっそく買いに行こうか」


 龍斗は今日、ポポロの買い物に付き合う。


 何を買うかと言えば。


「いざ、ランドセルを買いに出発!」


「おーなのです!」


 彼女が小学校で使う為のランドセルだ。


 ◇


 龍斗とポポロは、大手ショッピングモールのリオンにやってきた。


 数多の店舗がひしめく中、迷うことなく小学生用のアレコレを売っている専門店へ直行する。


「龍斗、これは似合うのです?」


「ランドセルに似合うもくそもないと思うが」


「あるのです! ちゃんと見てくださいなのです!」


「へいへい」


 大量のランドセルを試着するポポロ。


 龍斗はため息をつきつつもしっかり付き合う。


「ふんふんふーん♪」


 ポポロは鼻歌を口ずさみながら店内を物色する。


 しばらく前から、二人は一緒に過ごすことが増えていた。


 仁美が実家へ戻るようになっていたからだ。父親の調子が芳しくなくて、休みになると東京を離れていた。


 そうして一緒に過ごす内に関係は深まり、ポポロは龍斗のことを呼び捨てで呼ぶようになっていた。


「これにするのです!」


 悩んだ挙げ句、ポポロは赤色のランドセルを購入した。箱に描いてある天使のイラストが決定打となった。試着の甲斐はそれほどない。


「装備していくのです!」


 支払いを済ませるとポポロが言った。


 当然、店員は「はい?」と首を傾げる。


「ランドセル、装備していくのです!」


「えっ、あ、はい、かしこまりました」


 龍斗は意味が分からないと思うも口には出さない。


「これでよしなのです!」


 買いたてのランドセルを背負ってニコニコのポポロ。


「それは通学で使うものだぞ」


「でも可愛いのです!」


「たしかに似合っているな」


「えへへなのです」


 ポポロの年齢は14歳。人間ならばランドセルが似合わなくなる年頃だが、エルフの場合は違う。エルフの14歳は人間の小学1年生と大差ない見た目をしている。その為、ランドセルがよく似合っていた。


「これで用は済んだな、帰るか」


「帰らないのです! 他のお店もぐるぐるするのです!」


 龍斗の手を引っ張って走り出すポポロ。


 傍から見ると歳の離れた兄妹である。


「そういえばポポロってさ」


 クレープ屋の店内にあるカウンター席に腰を下ろす龍斗。


「はいなのです?」


 ポポロはその隣に座った。手にはクレープを持っている。


「仁美とはどうやって知り合ったんだ?」


 龍斗は二人の知り合ったきっかけを知らなかった。今までは気になったことがなかったので訊かなかったのだ。


「仁美とは、去年、ギルドで出会ったのです」


 クレープにかぶりつくポポロ。生地の隙間からソフトクリームがむにゅっと飛び出し、彼女の小さな口の端に付着した。


「ポポロは冒険者になったばかりで、初めての狩りをするのにPTメンバーを募集していたのです。でも、誰も相手にしてくれなかったのです。そこに来てくれたのが仁美だったのです」


「そういえばエルフは年齢に関係なく冒険者になれるのだったな」


 人間の場合、冒険者になるには中卒以上の学歴が必要だ。つまり、原則として満15歳まで冒険者になることはできない。


「それから一緒に活動するようになって、今に至るのです」


「なるほど」


 口の端についたクリームを指ですくい、チロリと舐めるポポロ。


「なぁポポロ」


「はいなのです」


「残りの時間も俺と一緒に行動したままでいいのか?」


 龍斗は真顔で尋ねた。


「どういうことなのです?」


「お前はもうじき入学式だ。そうなったら50年間はエルフの里から出られない。次に日本へ来た時、俺や仁美はヨボヨボになっている。なのにさ、代わり映えしない狩りをしていていいのか?」


「それは……」


「元々は入試の為に冒険者をしていたんだろ?」


「そうなのです」


「だがその入試は終わった。そして、俺たちのレベルは100を超えている。これは冒険者の上位0.2%に入る高さだ。一般的には冒険者を極めたと言ってもいい。なら残りの時間、他のことをしたほうが後悔しないんじゃないか?」


「龍斗……」


 これはポポロを気遣っての発言だった。


「残り少ない期間とはいえ、できることはたくさんある。仁美と思い出を作るもよし、世界中を旅するもよし、狩り以外にもできるはずだ。そんな中、本当に俺と一緒でいいのか? 仁美と一緒にPTを抜けてくれたっていいんだ。俺は怒らない」


 ポポロは俯き、黙りこくる。


「大事な仲間だからこそ、俺はポポロに満足いくよう生きてほしい。もしも俺に対する遠慮のようなものがあるなら、そういうのは取っ払ってくれ」


 この一言で、ポポロは決心した。


「大丈夫なのです!」


 力強い眼差しを龍斗に向ける。


「ポポロはギリギリまで龍斗と一緒にいるのです。仁美と一緒に、龍斗のサポートをするのです!」


「本当にいいのか?」


「いいのです! それがポポロの決めた、ポポロの人生なのです!」


「分かった」


 龍斗は立ち上がり、ポポロに向けて手を伸ばす。


「なら来週もよろしく頼むぜ、ポポロ」


「はいなのです!」


 ポポロは龍斗の手を掴む。


 二人は仲良く手を繋いで帰路に就いた。

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