040 龍斗の答え

 凡百の男子が告白しては玉砕していった存在、南條愛果。


 そんな彼女から告白された龍斗。


 同年代の誰もが羨むこの告白に対して、彼の出した答えは――。


「ごめん」


 ――だった。


「だ、だめ……なんだ……そっか……」


 呆然とする愛果。


 決して高を括っていたわけではない。それでも、おそらくこの告白は成功するだろう、という思いがあった。この1ヶ月間、殆どの土日を龍斗と過ごしてきたし、その中で関係を深めてきたつもりだ。なので、少なからず可能性を感じていた。


「やっぱり、私じゃ、物足りない……?」


 愛果の目に涙が浮かぶ。我慢することができなかった。


「そういうわけじゃない」


 龍斗は愛果の背中に手を当て、人通りの少ない場所へ移動した。通行人の往来が激しい場所で泣き崩れられると、自分たちのみならず周りにとっても危ない。避けられる事故は避けねば、という合理的な考えが働いた。


「じゃあ、どうして?」


 歩みが止まると、愛果は話の続きに戻った。


「俺には夢がある」


「レベリング理論のことだよね?」


「そうだ。その夢を叶えるのに今は全力なんだ。だから、付き合ってもまともに相手をしてあげられない」


「そんなことないよ。今だって一緒に過ごしているもん。付き合っても月に何度かこうして過ごすことはできるんじゃないの?」


「できる」


「だったら――」


「ワガママだけど、俺自身がそれを許せないんだよ」


「……どういうこと?」


「付き合うならちゃんとその相手のことを見たい。でも、今の俺はそんな余裕がないんだ。超速レベリング理論を実践し、この身を以て理論の正しさを実証し、全世界へ普及させることに全神経を注いでるから。友達としてなら問題ないけど、恋人として過ごすならもっと相手のことを考えないとダメだと思っている」


 愛果は静かに耳を傾けている。


「自分でもワガママだと思うし、こんなチャンスは二度とないと思う。だけど、ごめん。今はそういう気持ちになれないんだ」


「……そっか」


 それだけ言って、愛果は黙る。


 龍斗も何も言わない。彼女が続きを言うのを待っていた。


「本当にワガママだよ、龍斗君」


 愛果の目から涙がこぼれ落ちる。


「でも、龍斗君らしいと思う」


「ごめん」


「ううん、いいの、気にしないで。仕方ないよ」


 愛果は浴衣の袖で涙を拭き、精一杯の笑顔を作る。


「花火も始まったことだし、麻衣たちと合流しよっか」


「分かった」


「恋人じゃなくていいから、今だけは手を繋いでもらってもいい? それで我慢するから、私」


「もちろん、俺でよければ」


 龍斗と愛果は手を繋ぎ、人の輪に戻っていく。


 その道中、愛果はこっそりメールを送った。


 メールの相手は麻衣で、内容は短い一文だ。


『愛果、玉砕です』


 夏が、終わった。

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