第2話
「新年あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」
今日は一月三日。もちろん電話をしながら年越しはしたのだが、会うのは年が明けてから初めてだったのでどちらからともなく挨拶を。ただ涼子さんがいつもより元気がないような、気のせいならいいけど...
今日の目的は初詣、寒空の下白い息を吐きながら伊勢山皇大神宮へと歩みを進める。彼女がいつもより速足なので敢えて苗字で呼び止めてみた。
「手袋忘れたんですか」
「ちょっと、自分の苗字普通過ぎて嫌いだから名前で呼んでって言ってるじゃん。そう、忘れちゃって寒いなー」
と言って手をつないできた。お、今年は案外勝てるかもしれない。もう一度チャレンジしてみる。
「あれ、今日は腕組まないんですか」
「いや、手袋ないから手冷たいじゃん」
「そっか、って何その視線」
「かっこいい彼氏くんなら『手袋貸すよ』なんて言ってコートのポケットに手突っ込んでくれて腕組ませてくれるんだろうなーって思っただけ、あ、独り言だから気にしないで」
「...て、手袋いる?」
「なんか私が言わせたみたいでやだ。腕組んでくださいってお願いしたらいいよ」
「神様に?」
「ふざけてる間に着いちゃうよ」
「...」
「あれ、いいの?残念だなぁ」
「腕組ませてください」
「素直でよろしい」
調子乗って失敗した。最近この人に勝つことより三晩連続で狙い通りの夢を見るほうがよっぽど可能性あるんじゃないかと思い始めてきた。
鳥居をくぐり壮大な本殿の左側に立ち祈りを捧げる。”大人になれますように”と。涼子さんは何をお願いしたんだろう。などと考えているうちにかなり時間が経ってしまったので、もう戻ったであろう涼子さんを探しに行こうと思い目を開けると視界の右端にまだ目をつむっている彼女を見つけた。綺麗な横顔にに見とれてしまいそうになったが後ろに行列ができていたので仕方なく一足先に人込みから外れる。
涼子さんが戻ってきたのはそれから三分も経った時だった。
「遅かったね」
「お願い事欲張ってたら遅くなっちゃった」
「どんな事お願いしたの?」
「聞くならまず自分からでしょ」
「俺は『大人になれますように』って」
「おお、頑張ってー」
「どうしてつまらなそうに言うの」
「だって楽しみが減っちゃうから」
「うわ、失礼だな」
「じゃあ私の、聞きたい?」
「...やめとく」
「え、いいの?」
「うん」
なぜか、わからない。でも多分彼女がまとっている空気が一気に冷たくなったのを感じ取ったからだと思う。
「じゃあおみくじ引こうか」
「そうだね、じゃあ俺から行くわ」
「はーい」
「...」
「まさかの?」
「いや、ギリ凶。恋愛:焦らず待て、だって。恋人いるのになんでだろうね」
「そ、そうだね」
「涼子さんは?」
「...大凶」
まさか昔から大吉しか引けないで有名な涼子さんが大凶を引くとは。俺は今から今年の彼女の未来が一気に不安になった。
「内容は?」
「酷すぎるから言いたくない」
二人揃って新年早々縁起悪いな、そんなことを思いながら俺らはランドマークタワーの展望フロア、スカイガーデンへと向かった。
「街が小さいね」
「そうだね」
「涼子さん今日変だよ、どうしたの」
「え?あ、いや、うん。颯太さ、私が前に教師になりたいって言ったの覚えてる?」
「うん」
「あれから勉強もして推薦で大学も決まった。でもその大学は私たちの地元からはかなり遠いし教職取るのもめっちゃ大変だろうから今みたいにデートもできなくなっちゃうと思う」
「うん」
「だからさ、」
涼子さんが一度息を整える、そして切り出した。
「...別れよう」
「...え、なんで、なんで。別に俺は頻繁に会えなくたって耐えられるしずっと好きでいる!」
「...」
「どうして何も言ってくれないの...」
俺が何を言っても彼女は静かに首を横に振るだけ。彼女を直視できずに落ちた視線の先には横浜の街並みが広がっていた。ちょうど木の葉が飛ばされまいと枝にしがみつき冬の冷たい風に抗っているのが見えた。傍から見れば俺も同じように見えているのだろうか。
ややあって彼女が口を開いた。
「本当は私だって別れたいわけじゃないよ」
「それなら...」
「でも!颯太の青春はまだこれから。その長い大切な時間、ずっと遠距離で過ごすなんてしんどすぎる。だから、ごめん..」
彼女の目から涙がこぼれる。その涙で俺は何も言えなくなってしまった。滅多に泣かない彼女が下した泣くほど辛い決断。それを簡単に否定することはできなかった。
「年下扱いしててごめんね、ずっとカッコよかったよ。どうしても恥ずかしさがあって甘えられなかったんだ、でも優しくしてくれてうれしかった。ありがとう。今日の帰りくらいは飲み物でも奢ってもらおうかな」
やめてくれ、今泣きながら笑わないでくれ。
「さっき私が何をお願いしたのか聞いたでしょ、教えてあげる。一つは私が教員免許取れるように。それと一番時間をかけたのは」
彼女が俺の手を取る。そして彼女の特徴であるやや低い優しい声で
「...颯太が素敵な人と出会えますように、って」
その瞬間俺は堰を切ったように泣き出してしまった。それはそれは大きな声で泣いた。周りの人なんかお構いなしに。そしてそんな俺を慰めてくれている彼女もまた泣いていた。
そこで俺の人生に一時停止のボタンが押された。
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