伝説になれなかった男

帆高亜希

第1話

その昔、俺はミュージシャンを目指していたことがある。



え?



サエないオッサンが信じられないって?



これでも昔はもっと髪があって、痩せてイケメンだったんだぞ!



アコースティックギターを弾きながら歌うのが好きで、

何度もオーディション受けては落ちていた。



でも、俺は諦めなかった。

プロデビューしていなくても、ファンの女の子がたくさんいて、その存在が俺を励ましてくれたから…。


時は1982年。


当時の日本の音楽シーンは、松田聖子や『たのきんトリオ』といったアイドルが大ブレイクし、俺の音楽なんて、見向きもされなかった。



「キミ…ルックスも良く歌もまぁまぁなんだがね…その、フォークソングとやらは、今時流行らないのだよ?」



オファーしたレコード会社の連中には、ことごとく同じこと言われ、断られた。



「フォークソングじゃないんですけど…」



いくら説明しても、わかっちゃくれなかった。



「どうだろう?こちらが提供する楽曲を歌ってアイドルとしてデビューしてみては?」



こう提案してくれるのは、まだマシなほうだった。


だが、俺が目指していたのは、ミュージシャンであって、アイドルじゃない。


今にして思えば惜しいことしたが、当時の俺は突っぱねて、次々レコード会社に当たっては玉砕する日々が続いていた。



そんなある日、俺は有名なレコード会社のプロデューサーにやっとお目通りが叶い、デモテープを渡すことに成功したんだ。



「俺の歌…聴いてください!」



『凄腕』と呼ばれていたその男は、無言でカセットテープを受け取り、

デッキにかけて再生した。



――やった!やっと聴いてもらえる!――



俺は単純に嬉しかった。


イントロが終わり、歌がはじまる。






大人はわかっちゃくれない…






ところがプロデューサーは、この出だし部分でデッキをストップさせ、テープを取り出し、

俺につっ返したんだ。


そして冷たい口調で、



「帰って」



俺は打ちのめされた…。




ヤケクソになった俺は飲み歩こうとしたが、あいにく金がない。


仕方なく地元へ戻って缶ビールを買い、近所の川原で飲んだ。



「チェッ…何が凄腕プロデューサーだよ!」



急に悔しい気持ちがこみ上げ、デモテープを川へ投げ捨てた。







大人はわかっちゃくれない

やりきれないこの気持ち、どこにぶつけよう…



俺は、歌いはじめた。


作詞も作曲も、全て自分がやっていた。



それなりに自信もあった、それなのに…。



「あら、素敵な歌ね」



後ろから声が聞こえてきたので振り返ると、そこにはすごく可愛い外国人の女の子が立っていたんだ。


まさしく、金髪で青い目の美人!


見た目外国人だけれど、彼女は流暢に日本語をあやつる…。



「あなた、カッコいいね…詩人?」


彼女は俺の隣に腰掛けた。


俺は、ドキドキした。


柔らかそうな金の髪は陽に当たりキラキラ輝き、海のように深いブルーの瞳は吸い込まれそうだった。


「詩人じゃないよ、俺…ミュージシャン目指してるんだ…」



俺は彼女にボーっとみとれながら答えた。


後にも先にも、あんなに可愛い女の子は、見たことがなかった。



「作詞は自分で?」



「ああ、作詞も作曲も全部自分でやってるよ」



「まあ!才能あるのね!」



こんなかわいいコに褒められ悪い気はしない。



「私の名前は、リャナンシー」




「りゃ、りゃな…!?」



難しい名前に俺は、舌を噛んでしまった。



「うふふ…リャナでもナンシーでも、呼びやすい名前で呼んでね…」



俺は名乗るのも忘れ、

彼女に見とれた。


白い柔らかそうなワンピースみたいな服を着ていて、それが妙に似合っていた。



「ね、あなた有名になりたいんでしょう?だったら、私のものにならない?」



俺は、リャナンシーの大胆な発言に驚いた。



「え…?君、もしかして、お父さんか誰か音楽プロデューサーか何かなの?」



「ふふ…そんなんじゃないわ!あなたが私のものになってくれさえすれば、有名になれる…それだけよ…」



――ヘンなナンパだな…――


そう思ったけど、俺はその気になった。


だって、それくらい彼女は非常に魅力的だったから…。


俺は、夢中になって彼女に抱きついた。

彼女は目を閉じた…。


俺が彼女を押し倒し、

顔を近づけ唇を合わせようとしたその時…。



「 おや!こんなとこで何やってんだい!?」



後ろから出し抜けにオフクロの声が聞こえてきたもんだから、俺は慌てふためいた。



「や、これは、ちょっと…」



よりによって、女とイチャついてるときにオフクロが現れるなんて、最悪!



マジでそう思った。



「大学へもろくに行かず、どこでブラブラしてるかと思ったら…ホラ、帰るよ!」



オフクロは、自転車を止め、俺のほうへとやってくる。



「んだよ!子供じゃねーんだから、ほっとけよ!」


俺は、半ば逆ギレ気味に言い放った。


オフクロは、呆れたように首を振り振り、



「子供じゃないんなら、何でそんなに今にも川に落ちそうになってるんだい!?カエルか何か、捕まえようとしてたのかい?!」



なに言ってやがる、彼女に失礼だろう!

…そう思って謝ろうとしたら、すでに彼女はいなかった…。



「!?」



俺は、仰天した。


いつのまに逃げたんだ?


それに、こんなに川に落ちそうな態勢だったなんて、コトに及んでいたら、危なかった!


俺は仕方なくその場を後にしたが、

どーしてもオフクロと一緒に家へ帰る気になれず、本屋へ寄ることにした。



「あんまり遅くなるんじゃないよ」



「わあってるって…」



ああ、オフクロのヤツ、別れ際までうるさい!



でも、女とイチャついていたことを何も言われないだけ、不幸中の幸い…そう思いながら、本屋へ入った。



「あれ?T先輩じゃないですかー」


中へ入ると、いきなり声をかけられた。


声の主は、高校時代の軽音部の後輩・Y…。


ヤツと俺の音楽性は似ていて、気が合った。



「おお、久しぶり!元気か?」



時間帯からして、学校へ行ってないのは明らかだったが、俺も人のこと言えないから、それにはあえて触れない。



「それより、先輩!これ、見てくださいよ~!」



俺は、Yが手にしている本の表紙を見て、吹き出した。



『妖精事典』



乙女チックなイラストの表紙もあって、俺は爆笑した。



「何だよオマエ、こんな趣味あったんかい」



「違いますよ~、見てくださいよ、コレ!」



Yは、むくれながら開いたページを見せてくれた。


本を受け取った俺は、一目見て度肝を抜かれた。



「おい、コレ…」



ムリもない、そこには先程川原で会った美少女・リャナンシーが載っていたのだから!



名前も全く同じで、外見もソックリだった。


リャナンシーに魅入られた若い芸術家は、名声と引き換えに寿命が短くなる…その説明を読み、俺は納得した。



「ウンウン、そうだな…そういや、ジム・モリソンやジミ・ヘンドリックス、ブライアン・ジョーンズとか長生きしてねーよな…他にもそんなのいっぱいいるよな…」



「でしょう!?」



Yのヤツ、興奮気味だ…。



「ああ、俺…短命でもいいから、カリスマ的に有名になりたいなぁ…」



「 短命でもいいのか?」



「有名になれるんなら構わないっすよ!短命、カッコいいじゃないっすか!」



「短命…ま、それも悪くねーよな…そうそう、俺さっき、“リャナンシー”名乗るガイジンの可愛いねーちゃんに、逆ナンパされたよ?」



俺が先程起きたことに触れたら、Yのヤツ喰いついてきた。



「マジ!?それ、どこですか?!」



「この近所の川原………って、おい、どこ行くんだよー?!」



Yは本を放り投げ、ダッシュで本屋を後にした。


その約一年後、Yはカリスマ的なシンガーソングライターとして有名になった。


俺は音楽の道を諦め、

普通のサラリーマンになって現在に至る。


なぜ、この話をするかって?



あの川原での出来事から四十年近く、

Yが死んで三十年近く経とうとしているからだ。

Yは、二十代半ばで亡くなった…。



俺があの日会った女は、本当にリャナンシーだったのか?

未だに半信半疑だ。


だが、現にあの後川原へ行ったYが有名になって、若くして亡くなったのは、紛れもない事実だ。


そして、あの日川原でリャナンシーとコトに及ぼうとしてオフクロに見つかったが、

外国人の女の子なんて見てない…と言われた。



ヤツの歌は、亡くなって三十年近く経った今でも色あせず、人気を保ち続けている…。



ヤツが望んだとおり、

伝説と化した。



俺と似たような歌を作ったアイツだけが有名になったのは、やっぱりあれが本物のリャナンシーだったに違いない…そう思っている…。










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