第25話

 廊下を駆け抜け、あらたあかりはひたすらに足を回し続けた。

 靴をえる暇さえ惜しみ、雨上がりの道を水たまりを跳ね上げながら、それでもなお走る。

「っハァ……ハァ……あらた、ちょっと待って!」

 切れ切れに呼吸をする合間に、明が声を振り絞る。

 放っておけば、どこまでも走っていきそうな新を、暴れ馬の手綱たづなを引くかのようになんとか引き留める。

 普段の二人ならばきっとこんな光景はあり得ない。

 身体を動かすという才能にかけて、明の右に出るものは学校内でもなかなかいない。

 まして、帰宅部のあらたが運動に関してあかりに勝てる見込みは限りなく低い。

 だが、それはあくまで通常の精神状態での話。


 足を止めることは、ひどくおこがましいことに思えた。

 明にあんな思いをさせてしまった自分には。

 もっともっと苦しい罰が必要なのだと。

 心が、疲労を、痛みを欲しがっていた。

 自身の中に渦巻く自戒と自暴が入り混じった感情が、どこまでも新の身体に動き続けることを命令する。

 だが皮肉にも、それをやめろと命じたのも、自分が傷つけてしまった人、その人だった。

 ならばしたがうほかない。

 それにあらがう権利さえ、自分にとってはまたおこがましいものだと思えた。


「新……急にどうしちゃったの?なんか、変だよ?」

 明が新に声をかける。

 心の底から気にかけるような声音こわね

 それは何より温かく。

 けるほどに甘い響き。

 身を委ねれば、どこまでも深いまどろみに落ちていくのだろうとさえ錯覚するほどに。


(――違う)


 だからこそ、自分はそれにすがることは許されない。

 それに触れ、享受きょうじゅすることなど、身のほどらずにもほどがある。

 無限に湧き上がってくるかのような悔しさと怒りに、新は奥歯を一層力いっぱい噛みしめる。

「痛っ」

 その声を聴いて、はっとする。

 自責のただ中から目の前の現実へ、あらたの意識が引き上げられる。

「ごめん!大丈夫か、明!?」

 知らず、握ったまま力を込めすぎていた手を慌てて離した新は、ひどく狼狽ろうばいした様子で明に謝った。

「……」

 明はそんな新の様子を半ばほうけたような顔で見つめ、


「……ぷっ、あははははははっ!!」


 こらえきれないとばかりに、思い切り笑った。

「え、え?なに?どうした」

「いや、だって、新……あんまり必死に謝るんだもん。全然平気だって、これくらい」

 手をひらひらとさせながらも、明はまだ引きずっている笑いをなんとか噛み殺そうと苦心くしんしていた。

 その無邪気な笑顔に、新は、ほんの少しだけ救われた気がした。

 少なくても、目の前の明はまだ、こうして笑ってくれている。

 ならば、自分が取るべき行動はひとつだ。

「――本当に、ごめん!!」

「え~、だから、さっきのなら大丈夫だってば」

「そうじゃなくて!」

「え?」

 明がきょとんとした表情を浮かべる。

「そうじゃなくて、その、今日のこと……全部」

 あらたはけじめをつけるべく、あかりに切り出した。

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