第24.5話

 遠いいつかの日。

 遥かに高い秋空がだいだい色に染まったあの日。

 その少年は、知らない大きな会場にいた。

 なぜだか、黒い長袖と長ズボンを着せられて。

 これは知っている。

 お父さんが仕事に行くときに来ている服と一緒だ。

 まさか、自分用のものもあったなんてびっくりだった。

 けれど、いざ着てみると、その服はいつものよりずっと窮屈きゅうくつでなんだか落ち着かない。

 それでも鏡を見ると、急に大人になったみたいで、少しほこらしかった。



 会場に入ると、見たこともないくらいたくさんの大人がいた。

 けれど、なんだか様子が変だ。

 なぜだかみんな、黒色の服を着ている。

 最初はパーティーでもやるのかなと思った。

 けれど、その考えが違うことを少年はすぐに理解した。

 だって誰も笑っていない。

 それどころか、泣いている人もたくさんいる。

 だから、少年にも分かった。

 ああ、きっとこれは、良くないことなのだと。



 みんなが会場に集まってしばらくすると何かが始まった。

 お坊さんが一番前で何か言っているけどよく分からない。

 いつもそうだ。

 どこの言葉か分からないものをずっと聞かされるのは退屈で仕方がない。

 少ししたら、トイレに行きたくなった。

「……ねぇ、トイレ」

 お母さんにそう言うと、困った顔をされた。

 我慢できないの、という問いかけに無言でうなずく。

 仕方がなさそうな顔をされながら、みんながいる大きな部屋から出て、トイレまで連れて行ってもらった。

 その途中、辺りを見回してみた。

 どこもかしこも不思議な雰囲気だ。

 建物はとても広いのに、話し声がまるで聞こえない。

 まるで何かに決められたかのように、どこも静かな場所だった。



 トイレを済ませて、またお母さんに元の部屋へ連れていかれた。

「――!!」

 その途中、どこかで女の子が泣いている声が聞こえた。

 辺りを見回して、そして見つけた。

 少し向こうの大きな柱の所。

 それが誰だかすぐに分かった。

(あれは、明ちゃんだ)

 茶色っぽいサラサラの髪の毛、それに、ふわふわの二つ結び。

 密かに好きだと思っていたその特徴は見間違えるはずがない。

 いつも仲良しの女の子を見かけ、少年はそちらに駆けだそうとした。

 けれど、それはできなかった。

 お母さんが手を引いて急に止めたのもある。

 けれどもそれ以上に。

 友人の女の子は泣いていたから。

 見たことないくらい涙をいっぱい流して。

 お父さんとお母さんを、大声で呼んでいた。

 そんな彼女を従姉のお姉ちゃんが抱きしめている。

 そこで少年はまた一つ理解した。

 この良くないことは、彼女達に起こったことなのだと。

 それに気が付いた時、なぜだか少年はひどく腹が立った。

 


 地球にはこんなにいっぱい人がいるのに。

 よりによって神様は、自分の大事な友達に意地悪したのだと。

 そう思った時には、少年は走りだしていた。



 お母さんの手を振りほどいて、まっすぐに女の子の元に走っていった。

 女の子はまだ従姉のお姉ちゃんが抱きしめている。

 その横から少年は自分も女の子の身体を包むように、腕を広げ身を寄せた。

 そして、その腕に精一杯の力を込める。

 あるいは、自分がその女の子を守るつもりだったのか。

 分からない。

 ただ言えるのは、必死だった。

 目に見えない悪意から、女の子を守るにはこうする以外思いつかなかった。

 いわれのない理不尽に、きっと、腹が立っていたのだ。

 けれど、神様と喧嘩けんかはできない。

 この怒りはどこにもぶつけることができない。

 だから少年は、いだいた怒りの分だけ、自分がその少女を大事にしようと思った。



 あれから10年近くが経った。

 果たして自分は、その時の思いを果たせているのか。

 あらたは今日ほど、そのことに強く疑問を抱いたことはなかった。

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