第21話

「とにかく、なんにしてもこれを届けない限りは終われないのよね」

 あかりは自分に言い聞かせ、ベッドの方を見る。

 そして、小さく、「よし」とつぶやく声が聞こえた。

 けれども、明の足はなかなかその場から動かない。

 じっと様子を見つめるあらたには、ときおり、明の身体からだにぐっと力が込められるのが見て取れた。

 それでも、まるで彼女の足が床に根ざしてしまったかのように、その場に立ち尽くすばかりだった。

 自分の意に身体からだが、そして心がしたがってくれない。

 その事実が明の表情を次第にしんしょくしていく。

「……あはは、話してたら落ち着くかもって思ったんだけど……。やっぱ、そう上手くはいかないかぁ……」

 出来損できそこないの苦笑いのような音。

 何かをあきらめかけるかのような声はわずかに震えていた。

 うつむく明に新は視線を送る。



 ――違うと思った。

 そんな声を聴きたかったのではない。

 今、自分の心に走っているのこれは、痛みだ。

 ならば、これ以上、に意味はない。



あらた?」

 明の手から新の手の感触が消える。

 ここに来るまで感じ続けた熱が唐突に失われ、不安げな声をらす明に、

「大丈夫だ」

 そう一声かけて、先ほど離した左手を、明が左手に持っていたおかちへと伸ばす。

まえ、俺が置いてくるよ」

「え、でも……」

「明、今、すっごく無理してるだろ。俺は……その、単に、そんな思いさせたくないってだけで……」

「新……」

 思ったことをそのまま言葉にし、行動にする。

 頭で思いえがいた感じでは、もっとスマートにするはずだった。

 けれど実際はずっとぎこちないし、なんだかすごく恥ずかしいことを言っている気がする。

 ただ、それでもいい。

 そんなことは、この状況では、ひどく些細ささいなことだった。

 ついでに、仕事の責任がどうとか。明がやらなきゃいけないとか。

 本人には少しだけ申し訳なく思うけれど。


(そんなことより、今、俺は、あかりささえたい――)


 あらたあかりが手に持っている岡持ちに自分の手をませ、持ち手をしっかりと握って引き継ぐ。


 それを明はゆるさなかった。


「あ、あの、明さん?手、放してくれないと、持っていけないんですけど……」

 目線の少し下にいる明に声をかける。

 けれども、明はぐっと握った手に力を込め、静かにうつむいたままだ。

 そして、はーっと深く息を吐いたかと思うと、ぐっと顔を上げた。

 そこにあったのは、薄ぼんやりとした視界の中でもはっきりとわかるほど力のこもった瞳。

「おづかいありがと。でもね、ごめん、やっぱりこれは私がやらなきゃ」

 迷いなく、キッパリと宣言する。

「言ったでしょ、私はらんまんていの看板娘なの。そしてこれは、他でもない、私の仕事だから。私が、最後までやらなくちゃ……!」

 その意志をくつがえす言葉を、もはや新は持ち合わせていなかった。

「そうか、わかった。あ~あ、なんか余計なお世話だったみたいだな」

 だから、その決意を後押ししたくて。

 せめて明るい空気になるよう、新はあえてちゃすような言葉をかけた。

「ええ、そうですよ?ホント大きなお世話。だから……」

 暗闇の中で明と目が合った。暗さに慣れた目に飛び込んできた表情は自信に満ちていた。

「私の仕事、ちゃんと見てて!」

 明はそうとだけ言い残してベッドの方へとしっかり歩を進めた。

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