第20話

 部屋に入った二人は、互いの手を握り、一歩、また一歩と、ゆっくり前進する。

 物音もしない。

 光はわずかに足元だけ。

 それに、すぐ近くには得体のしれない『誰か』がいる。

 視界を限られた状態で暗闇の中を行動するという、ホラーゲームさながらのこの状況。

 実際に体験してみたそれは、ハッキリ言って、相当な恐怖感があった。

 ゲームならこの状況でいきなり敵が出てきたりするんだよな、などとお決まりの展開が頭をよぎる。

 だが、それが我が身に降りかかるとなれば、笑い話では済まされない。


「これはあれだな、襲われたら終わりだな」

「ならせめて私が逃げるまで盾になって」


 みみちのようなトーンでお互いに言葉を交わす。

 そして、明は手を握ったまま新の背中側に隠れようとする。

 どうやら本気で盾扱いしようとしているらしい。

 一言おうかとも思ったが、それであかりの恐怖心が少しでもうすれるなら安いように思えたのでやめた。

 この状況では足が止まってしまうのが一番まずい。


 そして、入り口から数歩歩き、問題の地点にたどり着いたところであらたが足を止める。明もそれに同調した。

 そして、目の前に光を向けた。



 ゆっくり、ゆっくりと。

 あかりあらたが光を向けた方へと顔を動かす。

 ひどくスローモーションなその動き。

 まるで数年ぶりにどうしたびついた機械のようにぎこちない。

 不意に心のどこかから湧いてくる数々の不安に、なかば力づくであらがいながら明はついにベッドの方に視線を向けた



 ピンとしわもなくきれいにシーツが張られたベッドの上。

 そこには確かに何者かが横たわっていた。

 掛布団で身体の半分だけを覆い、新たちに背を向けたはんの姿勢。

 それゆえに表情は確認できない。

 新が慎重にベッドの上あたりに光を移動させる。

 ぎりぎり姿が確認できる程度になるよう、少しずつライトの向きを調整する。

 そしてLEDのうすじろい光がその何者かの姿を明らかにした。

 新の背で身を隠していた明が小さく息を飲む音が聞こえた。



 かたぐちほどまでの髪の長さ。黒っぽい色。

 布団からはみ出た肩は少し華奢きゃしゃな印象で、上半身は白いシャツ……というよりブラウスを着ているようだ。

「……女の人、かな」

 外見から同性の特徴を見て取ったあかりがいち早く性別を判断する。

「ああ。どうやらそうみたいだ」

 一度、あらたはライトを自分たちの足元近くへ戻した。

「おそらくあの人がまえぬしなんじゃないか?職員室で待っていようと思ったけど、あいが悪いか何かでこっちに移動してきたとか」

 状況証拠じょうきょうしょうこを並べ、新が推測する。

「この部屋のエアコンだってそうだ。熱くて寝苦しいから、その解消のために使おうとして設定をミスったんだろ」

「じゃあ、あのメールは何?全く知らないアドレスだったんだよ?」

「それは……」

 そう、その部分は、新もいまだ納得できるような答えが思い浮かばない。

 それでも新は、そこにあるはずのどうさくする。

「……あの人が、明の知り合いの誰かからアドレスを聞いた、とか?例えば……めぐねぇとか」

「お姉ちゃんが?」

『めぐ姉』こと、新と明のクラスの担任教師である、おおつかめぐみ

 担任のことをそんな愛称で呼ぶのは、彼女があかり従姉いとこ、兼、現在の保護者であり昔から顔なじみだからだ。

「店でバイトしてるのが明だけなのは、あの店に通ってる人ならみんな知ってるだろうし。こんな天気の中、出前を呼んで、生徒にまんいちがあったらヤバイだろ?その対策とか」

「ん~、そう言われればそうかもだけど……」

 明は半信半疑はんしんはんぎといった様子だ。

「事実、そのおかげでさっきも連絡がちゃんと取れたわけだし。メール打ってた時も、体調が悪くてあんな文面になったのかも……って、明?」

「……」

 立て続けに推論を打ち立てていく新。

 だが、その後半の部分を明はまるでかいしていなかったらしい。

 代わりに、無言のまま半開はんびらきになった目で、じ~っと新に値踏みするような視線を向けていた。

「な、なんだよ」

「……あやしい」

「は?」

「な~んか、今日の新、妙にさっしが良いっていうか……。それにへんに落ち着いてるみたいだし」

「べ、別にそんなことないだろ」

 否定しても、明は変わらず不満そうにむくれている。

 不公平だと駄々だだをこねる子供のようだ顔だ。

「お、俺だって、本当は今、ちょっと恐いっていうか……」

「……そうなの?」

 本当のことなので、こくんとしゅこうした。

 しかしそれがしんそこ意外だったらしく、少し驚いた拍子ひょうしに明のむくれつらほどけた。

「で、でもまぁ?俺は幽霊とか信じないからな!世の中、大抵のことには何かしら理由があるんだし。今だってそれは同じなはずだ」

 そこはしっかりと主張しておかなければ。

 単にビビっているだけと思われるのはしんがいだ。

 そんなあらたの言葉に、なぜか残念そうにあかりはふっと視線をらし、


「人間のおごりね……」

「それ、誰目線での批判!?」


 なんだか、えらく大きなスケールであきれられた。

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