第17話

 職員室の扉に手をかけ、一つ深呼吸。

 あらたあかりの手元を懐中電灯で照らしつつ、その様子を見守った。

 共にだまった二人の間には、無数の見えないピアノ線でんだような、張り詰めた空気が存在していた。

 まるでその糸を伝って、緊張が伝播でんぱしたかのように新もまた、じっとその顛末てんまつに目をらす。

 そして、意を決したように明が扉を右に引いた。


 ――ガシャン


「え、あれ?」

 明が戸惑いの声を上げる。

 勢いに任せて引いた扉は、しかし開くことなく、ただ音を上げてその場にとどまるばかりだ。

 さらに、二、三度同じ行動。

 やはり結果は変わらない。

「……?開かないのか?」

「ん、そうみたい……」

 いぶかしに尋ねた新に明は不安そうに短く応答した。

「すみませ~ん。らんまんていですけど~。まえのお届けに上がりました~」

 平常心と恐怖心が混じった声で明が呼びかける。

 さらに扉を数回ノック。

 だが、扉は少し大きめに音を立てるばかり。

 そしてその音はそのまますぐに、深い闇へと消えていく。

 やがて、扉を開けることを一度断念し、身を丸めるようにして、明は少しずつ扉から後ずさりした。

「え~……。なんでカギかかってるのよ~。しかも電気も付いてないし……。ねぇ、本当にここで合ってるの?」

 振り向き、明は新に尋ねた。

「え、そう……そう思ったんだけど」

「いやにえ切らないわね。はぁ~っ、せっかく覚悟決めてたのに……」

 心底しんそこ残念そうにため息をついて明は扉に背を向けた。

 そしてそのまま新の方へと足を踏みだす。


 その時だった。


『ピーン!』と、かんだかい謎の音が静寂せいじゃくの中に突如とつじょとして鳴り響いた。

「な、なになに!なんの音!?」

「お、俺に聞かれても分からねぇよ!?」

 完全におびえ切った様子の明は、その場に立ち尽くし、首を左右に振って周囲の情報をかき集めようとする。

 途中、新にも疑いの視線を向けるが、新は首を横に振ってそれを否定した。

 こんなこと、新にとっても予想外だ。

 ゆえにこの状況には新も、ぞくりと背筋をなぞられたかのような悪寒を感じていた。

(――って、俺まで怖がってどうすんだ!まずは状況確認を――!)

 自らを鼓舞こぶしつつ、明と同様に周囲を見回す。

 その最中さなか、あることに気が付いた。

「……あかり、携帯、鳴ってるんじゃないか?」

「え、嘘?」

 言われて、明は自身の左ポケット辺りに目を向ける。

 見るとスマホの液晶LEDの光がポケット越しにぼんやりと漏れ出ている。


「……」

「……」


 そして、光に誘われる昆虫さながらに二人の視線はその一点に注がれる。

 黒い闇のとばりのその上から、もう一枚、気まずい沈黙が垂れ下がってきた。

あかりさんや、これはいったいどういうことかな?」

「……あ、アレ~、おっかしいな~……。スマホならここに来る前、マナーモードにしてたはずなんだけど……違ったみたい?」

「みたい、じゃねぇよ!ちゃんと確認しとけ!」

「だからごめんってばぁ~……うぅ~っ……確かに設定してたはずなんだけど……」

 納得のいかないもやもやを胸に抱えつつ、明はスマホを取りだして画面をタップする。

 表示されていたのは一件の通知。

「え、メール……?」

 意外そうな声を明が上げた。

「友達からか?」

「違うと思う。知らないアドレスだし。それに友達同士ならわざわざメールじゃなくていいじゃん」

「まぁそりゃそうだ」

 新さえ、ここしばらく連絡でメールは使っていない。ほとんどはSNSで済ませている。

 まして、現役女子高生の明なら、なおさらといったところだろう。

 憮然ぶぜんとした表情のまま明は指をスライドさせる。どうやらメールの内容を確認しているらしい。

 新は明から一瞬視線を外す。


 そして、事はその間に起こった。


「えっ、いやあっ――!」

 聞こえてきたのはあかりの短い悲鳴と、固い何かが地面を打つ音。

 新は外した視線を反射的に戻す。

 懐中電灯の光を明の方へ向けると、右腕を抑えるようにして、一点に視線を釘付けにしていた。

 まるで、知らず手の甲を這っていた蟲を、大慌てで振り払った後のような、そんな仕草。

 新はいで明の視線の先に光を向けた。

 そこに落ちていたのはピンク色の可愛らしいカバーの付いた板状の物体。

 明のスマホだった。

 いや、この場合、落ちていたという表現は相応ふさわしくない。

 この状況下なら一目瞭然いちもくりょうぜん

 つまり、スマホは明によってほうてられていた。

あらた……あ、あれ……」

 震える指で視線の先をしめす明。

 表情と声。そのどちらもが恐怖の色に染まっている。

 尋常じんじょうではないおびえ方をする明に疑問をいだきながらも、新は一応用心してスマホに近づく。

 拾い上げ、電源を入れると、画面に表示されていた一通のメール。

「なんだ……これ……」

 見た瞬間に、新は一気にそうった。

 差出人は謎のアドレス。

 そして、本文には短く、こう記してあった。


「ほけんしつ いる もってきて」


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