第15話

 そんな時だった。

 一瞬のまたたきとともに鳴り響いたごうおんが、二人の周囲の空気をも揺らした。どうやら雷がどこかに落ちたらしい。

「ひゃあっ!」

 悲鳴が聞こえたのと同時に、ドン、とあらたは自身の右側に何かがぶつかるのを感じた。

 少しよろめきながらも視線を衝撃の方に向ける。

 気付けば、あかりが身を寄せるようにして新にしがみついていた。

 だがそれもつか

「あ……ごめん。今のは、なんでもない」

 新からあわてて身を離した明はどこかばつが悪そうだった。

 だが、気恥ずかしいのはお互いさまで、新も「お、おう」と短く答えるのが精いっぱいだった。

 

 だがその最中さなか

 新は明の変化を察知していた。

 

 あかりの手は、小さく震えていたのだ。


「ほ、ほら!さっさとまえ済ませちゃお!なんか雨も強くなってきたみたいだし。せっかく付いてきてもらったのに、びしょ濡れで帰ってあらた風邪かぜでもひかれたら、さすがに申し訳ないからね」

 

 それを知ってか知らずか、明は先を急ごうとする。

 踏み出した足も、浮かべた笑いも、どこかぎこちなさがぬぐえていない。

 そんな明の様子を見て、思わずため息が漏れる。


(ホント、ごうじょうなヤツだな……)

 

 いったいこいつは何と戦っているのだろうと思わずにいられない。

 気が強く、負けず嫌い。

 今も、自分の心とうらはらに、真っ暗な海に飛び込むようなことをしている。

 自分で自分の背中を押すどころか、ばす勢いだ。

 けれども、そんな姿勢を、この場においてあらたは少しも褒める気になれなかった。

 どちらかというと、イライラさえ感じる。

 幼馴染おさななじみと言えどもあかりの全部を理解できているとはあらたも到底思っていない。

 現に今強がっているのも、いろいろな思いが起因してのことかもしれない。

 それでも、新の想いはシンプルだ。

 どういう理由であれ、自分の好きな相手が不安になっていたら、少しでも楽にしてあげたいと思うのが当然だ。

 ならば、強がって一人で先に行こうとする明を。

 新は到底とうてい、見過ごすことなどできるはずもなかった。

 

 新はおおまたで足を踏み出し、明の少し前に立つ。

 そして、今度は確かに、明の左手に自分の右手を伸ばした。何も気にせず、先ほどより少しだけ力を込めて、しっかりとその手を握る。


「一人で無理すんな……バカ」

「あ……ごめん」

 

 不意に手を引かれ、明はおどろきの表情を見せたものの、殊勝しゅしょうな様子で小さく、そう口にした。

 暗闇にかすかに響いたその声は妙にしおらしい。

「――それに!確かにもう一雨きそうだし、これ以上強く降られちゃかなわないからな。早く終わらせて帰ろうぜ」

 なんだかむずがゆい空気を無理やりでも変えたくて、わざと少し大きな声で宣言する。

「ん、そうだね」

 新の意をくみ取ったのか、明は力を抜くように小さく笑って同意した。その声には少しだけ、彼女らしい素直な明るさが戻っていた。

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