第14話

「……それじゃあ、いくぞ?」

「い、いいから、早くしてってば……」

 暗闇の中で交わすお互いの言葉は、それぞれのりがでんしたかのように熱を持つ。

 ごくん、とあらたは乾いた喉をえんさせながら、ゆっくりと差し出された手に、自らの手を伸ばす。

 数キロにも錯覚するほどの、からりの距離。

 それを経て、新の指先が明の手のひらに触れた。

 さぐてた明の指に自らの指を重ね、ぐっと閉じる。

 柔らかく、自分のものよりはるかに小さい。

 そして、確かにそこに宿る温もりが重ねた手のひらからじんわりと広がっていく。

 それら全てが、新の内側から、えもいわれぬこうようかんを呼び起こす。

「こ、これで、いいか……ッ!?」

「うん。大丈夫」

 言葉とともに、明が手をゆっくり握り返す。

 たったそれだけで、まるで電撃にでも打たれたかのように、理性に強烈なしびれが走った。

 自分のものとは全く違う、女性特有の柔らかさ。

 加えて、意中の女性が手を握り返してくれているという事実。

 そんなかんな実感がこれまで少し張り詰めていた新の神経をふやけさせる。

(意識するな、意識するな――!)

 はやがねを打つ心臓に送り出された血液は体内をめぐり、その熱を上げる。

 それを静めようと必死に脳内から信号を送った。

 けれども、そうするほどに新の意識は二人の接点せってんへと向かってしまう。

 そして、


「……あらたの手、なんか冷たい?」


 明の言葉に、新は、心にみずをぶちまけられたかのように錯覚した。

「ごっ、ごめん――!」

 言うが早いか、新は自分の手をなかば無理やり引き抜くようにして振りほどいてしまった。

 数秒の間、ぼうぜんあかりは自分の手のひらを見つめた。かと思うと、すぐに不機嫌なまなしを新に向ける。

「ちょっと、なんでいきなり離すわけ?」

 その声の調子はいつものあかりにはない冷たさだった。強烈なにらみとともに発せられたその言葉に新はたじろぐばかりだった。

 滅多にない、明の本気の怒り。

「いや、その……俺と手、つなぐとか、嫌だと思って」

 我ながら女々めめしい言い訳だと思った。

「なんで?私、そんなこと一言も言ってないけど」

「……いや、手が冷たいって」

「それが何?全然理由になってないでしょ。さっきからなにいたいか全然わかんない。もっとハッキリ言ってよ。」

 そのこわに熱量はなく。

 ただ淡々と、異様なほど冷静に、新の言葉を容赦ようしゃなく切り捨てていく。

 言われなくても、そんなことはあらた自身も分かっていた。ただ、こちらも気をつかっているつもりなのに一方的に非難されるのが面白くなかったのも事実だ。


「……手汗」

「え、何?」


 だから、いっそ全部ぶちまけてやろうという衝動がいたのは、そんな思いが原因だったのだろう。

「だから、あせ!急に手なんか繋ぐから、びっくりして手汗かいたと思って……。それで明に嫌な思いさせたんじゃないかって思ったんだよ!悪かったな、そんな女々しい理由で!」

「え、いや、そんなことは思ってないけど……」

 まくし立てるようにはっせられた新のわけを、明はただ、きょとんとした表情を浮かべるばかりだった。

 ただ、それも一瞬のこと。

 やがてあかりの心には別の感情が押し寄せたらしい。


「……ぷっ。あ、アンタ、そんなこと気にして……」


 明はなんとか笑いをこらえようとしていた。

 だが結局、


「アッハハハハハ!な、なにそれ!つまり、私と手つないで手汗かいてドン引きされたかもってこと?ないない!いまさらそんなこと!」

「~~~~~~っ!」

 もはや夜の校舎内だということを完全に忘れてほうふくぜっとうする明。

 ここまで笑い飛ばされると、新としてはもはや心に残ったのは猛烈な羞恥心しゅうちしんと。

 なんとかコイツに一矢報いてやろうという反骨心はんこつしんだけだ。

 あらたは無言のままにあかりと距離をめた。


「はーっ……あ~笑った笑った。ホントあらたって変なところで初心うぶだよね~……ってあれ?」

 

 明が気付いたころには二人の位置関係は、ほぼゼロ距離だった。

 あかりより15センチほど背の高いあらたへいげいする形。

 そして新は、おもむろに明のほほへ手を伸ばした。

「え、ちょ、ちょっと、あらた……!」

 伸ばした手は明のよこがみかすかにで、ゆっくりと頬に触れた。

 その温もりが頬に触れたたん、明は心地よいまどろみのような感覚に襲われた。

うそ、まさか、これって……!)

 頭ではこばまなくてはと分かっている。しかし、まるで第三者に身体からだの制御権をうばわれたかのように明の身体はこうちょくしたままだ。

(でも、相手が……新なら……)

 このまどろみに身を任せてもいいかもしれない。初めての相手が新だという想像を、明はなぜだか抵抗感なく受け入れることができた。

 明は自然と重くなるまぶたをゆっくり閉じてくちびるを軽く突き出す。新の指がほほをふわりとなぞる感触があった。そして……



 そのまま新は、明の頬を一気につねり上げた。



「いひゃいいひゃい!!(痛い痛い!!)へ、なんで!?思ってたのと違うんですけど!」

「何を思ってたのか知らんが、俺は最初からこうしたくてたまらなかったんだよぉ!」

「いっひゃーーー!(痛ったーーー!)」

 とどめとばかりに、あらたはぎゅううっと三秒ほど、あかりの右頬を全力で抓った。


「……うう~っ、あらた、ひどいよ~」

「うるさい、人の純情をあざ笑ったばつだ」

「……新だって、たった今、私の純情、もてあそんだじゃん……」

「待て、それは本当に覚えがないぞ?なんの話だ?」

 しかし、その反論に明は耳を貸さず、もういい、と恥ずかしそうに言ってそっぽを向いてしまった。

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