第13話

 必死の抵抗の甲斐かいあって、「フン!」という不機嫌な鼻息とともにあかりはようやく手の力を抜いた。

「……っハァ!ハァ……し、死ぬかと思った……」

「なによ。先に殺そうとしてきたのはアンタの方でしょ。自業自得よ」

「夜の学校を歩いただけで死ぬわけねーだろ!」

「なんでそんなこと言い切れるのよ!相手は幽霊なのよ!?」

「だから!幽霊なんているわけねーだろがよ!」

 いきおまかせにあらたは、そう叫び散らした。

 だが、息もえの状態で声をあらげたせいで、「ゲホッゲホッ」と数度むせてしまった。

「あー、て……というかさ、あかり

「な、何よ」

 そんな様子をチラ見しながら少しだけ申し訳なさそうにしていた明が、新の方に向き直った。

 その表情が新の心にいたずら心を芽生えさせる。

(さっきのは、いくら何でも理不尽すぎるよな――)

 言い訳にするにはあまりにような発想ではあったが、別に誰にひけらかすわけでもない。

あかり……ひょっとして、ビビってる?」

 少しだけあおるようなニュアンスも込めて、あえて直球でそう尋ねてみた。

 まぁこんな小学生みたいな安い挑発、さすがに明でも相手にはしないは――


「ハァ!?べ、別に?ビビビビビってないし?」


 ……面白いほどに釣れました。


「いや、今何回ビって言ったんだ。なんか感電したみたいになってたぞ」

「ビビってなし!!」

「いきなりの決意表明!?」

 意固地いこぢな口調で、明はあくまで新の言葉を否定する。

 とはいえ、そうして否定したところで、あらたにはあかりのその弱点はの事実だ。

 何のことはない。


 明は、ホラー系をはじめとした怖いものが昔からとにかく苦手なのだ。 


 幼いころ、一緒に遊園地に行ってお化け屋敷で大泣きしたあかりを必死でなぐさめたことを新は今でも覚えている。

 ちなみに以前、そのことを出来心できごころで話した時には、思い切り頭をぶんなぐられた。

 いわく、『記憶を消すために仕方なくやった』というどうしようもない理由が、明ようしゃのその時のきょうじゅつだった。まさしく脳筋ここにきわまれり。

 ともかく、それぐらい前から知っていたものを、明はなぜか今でも必死に隠そうとする。

 きっと彼女自身も、新にそのことを知られていることは理解しているはず。

 だからこそ、明のその姿勢は新の心にもやをかける。


 もっと打ち明けてくれていいのに。

 自分にだけは取りつくろってほしくない。


 さいな疑問にたんを発するそんな想いは、しかし、あまりにどくぜんてきで自分でも笑えた。

 どんなに言葉を重ねても、そこにひそむ想いはひとつ。

 つまり、好きな人にかくごとをしてほしくないと、ただそれだけ。

 ひもけばそれらはすべて、恋する人間にありがちな、そんな願望でしかなかったのだから。



「ビビってないなら、わざわざ俺が付いていく意味もないだろ」

 ごうじょうな明の態度になかあきれた調子で新が言うと、明はぜんとした表情を浮かべて反論した。

「い、意味ならあるわよ!」

 いやに自信ありげだった。

「ほー、どんな?」

「それは……」

 明は口元に右手をえ、いかにも真剣な表情で考えこむ。そして、


「ズッコケた時に私のパンツが見れることかしら?」


 シリアス顔で、なんだかとんでもない理由を持ちだしてきた。

「……ズボンのことをパンツと呼ぶ気なら、張り倒すからな?」

 らんまんていの制服姿の明は、上はシャツ、下はパンツルックの恰好だ。転んだところで下着のほうのパンツはおがめるはずもない。

「……ふーん、あらたはそんなに私の下着みたいんだ?」

ぶ気だったんだな」

「当たり前でしょ。なんで私がホイホイと自分の下着を公開しなくちゃいけないのよ」

「『それに、今日はちゃんとしたのいててないから……。また今度ね?』」

「気持ち悪いセリフを付け加えるな!」

 制裁とばかりにあかりのローキックがあらたひざもとを襲う。

 疲れた足元に地味な痛さの残る攻撃はなかなかにいやらしさがある。

「それで結局どうなのよ?」

 明が結論をく。

「そうだな……黒色とか大人っぽくて意外とグッとくるかも」

「下着の話じゃないわ!リクエストとか出しても絶対こたえてあげないからね!」

「そんな……」

「なんで応えてもらえると思ったのよ……」

「明はたのまれたらことわれない人だから?」

「……この流れでそれ言われると、軽い女みたいで嫌なんだけど」

「まぁ、俺も人のこと言えないけどな」

「うわ、チャラ男だったんだ。マジ引く」

「そうじゃなくて」

 新は頭をくようにして、考えるポーズをとる。結論などすでに出ている。

「俺も、頼まれたら断れないってこと」

 そう言うと、あかりはさぞごまんえつと言った表情で、よろしい、とだけ言って左手を差し出してきた。これは……

「……あの、なんでしょうか、この手は」

「何って……そこはさっしなさいよ……」

「いや、これがどういう意味かは察してはいるんだが……」

 知りたいのは、むしろその行動にいたった理由だ。

「い、いいでしょ、別に!私のてでは、この状況で前に進むためには手をつなぐのが一番効果的な方法なのよ」

 照れ臭そうに明が声を上げる。

「明の見立てとか、もうその時点で不安しかな――」

「それとも、腕をちぎり取られる方がお好みなのかしら?」

是非ぜひつながせていたたきます!」

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