第12話

 二人は自分の下駄箱からうわきを取り出してそれに履き替えた。雨の中を歩いてきたのに、まさかそのまま土足で校内に上がり込むわけにもいかなかったからだ。

「よし。それじゃあ目的地まで着いたことだし――」

 あらたが気を取り直すかのように声を上げる。

「そうね、それじゃあ……」

 それに呼応するように、あかりはらの前で岡持ちをぎゅっと握りなおし、表情を引き締めた。

 二人して息を合わせ、そして――

「さっそく行きましょ――」


「いっちょ気合入れて行ってこい!」


 ぽん、とその言葉とともに明は背中が押されるのを感じた。

 不意に押し出されるような形になり、明は思わず数歩前によろめいた。

 無論、ころびそうというほどではない。

 だが、気合を入れていたところに不意打ちを喰らい、明はきょとんとした顔で新の方を振り返る。

「……えっと、新?これはどういう?」

 こんわくに顔を引きつらせたまま明は小首をかしげる。

「え?いや、お前さっき言ってたろ?仕事に全く関係のない人が付いてくるのは変だって」

「?それが何よ?」

「だから、これからお客さんのところに品物を届けに行くんだろ?そこに全然知らない男がいたらどう思う?」


 ……あーなるほど。


 その時点で明は新のぶんてんがいった。

「そうかそうか、そういうことね、なるほど、ふ~ん……」

 うんうんと何度もうなずきながら、ひたすらに同義語を並べる。とても異様なほどに。

「あ、あかりさん……?」

 明の表情は笑顔だ。

 にもかかわらず、納得するような言葉を一つ口にするたび、そこに差す影がどんどん深まるのが、新には恐怖で仕方なかった。

 間違いない。

 自分が何か明の中のマズいトリガーを引いてしまったのだと新は直感した。

「そうなのね、新ったら、私のために気を遣ってくれちゃってふふふふふふふふふふふふ」

「コワイ怖い!!なにその笑い!どうやって発声してるのその声!」

 不気味な笑顔を浮かべたまま、ゆらりと新の方に向き直った。そして――


 岡持ちをその場に残し、明の姿がこつぜんと消えた。


「え、あか――ぐおっ!!」

 反射的に呼ぼうとした明の名前を新は最後まで言い切ることができなかった。

 突如としてどうふさがれ、呼吸がきゅうくつになる。

 新の身体は数センチほど浮き上がった、もとい、持ち上げられた。

 眼球を下に向け、首元にいる何者かを確認する。視界のはしに映った、揺れる茶色の一つ結び。


 ……あかりだった。


「バカなこと言わないでよ!!こっ、こんな中、一人で行けるわけないでしょうがぁ!」

 心なしか半ベソをいたようなその声は、しかし、新の首を絞めつける腕力とはおよそ対称的なものだった。

 というか、割と本気でシャレになっていない。

「あ、あかり……苦しい……くび、首しまってりゅ……」

「ハァ!?よく聞こえないんですけど!?バカなこと言いたいなら、もっとハッキリした声で言ってくれる?」

 怒りのままに新のくびっこをつかんでそのまま引き上げた明はさらにその力を強めてわめき散らした。

 暗闇の静寂をこまれに切り裂いてしまうかのような大声。

 だが、もはや本人はそんなことお構いなしだ。

 瞬間、首の骨がメキメキッと本格的にマズいおとを上げた。

(ヒィィィィィ!!)

 マズい、これは本当にマズい。

 新は明の腕で必死にもがいた。それも当然。この行動にはお互いの将来がかかっている。

 まさか、こんなところで幼馴染を殺人犯にしてしまうわけにはいかない。

 朦朧もうろうとし始めた意識の中、新は自身の生死と幼馴染の未来をかけて明の腕を六度タップ。言葉にするなら――


「ご・め・ん・な・さ・い」


 そんな六文字のサインだった。

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