第11話

 玄関の屋根からこぼれた雨水は、細い滝のようになって勢いよく側面から流れ落ちている。

 コンクリートを打ち付けたそれらは飛沫しぶきとなって弾け飛び、二人の足元近くまでも濡らした。

 屋根の下でもこの有様。

 まるで絶対に振り切れない追跡者にでも追われている気分だ。

 る気分を引きずりながらも、新と明は屋根の下で身を寄せるようにして雨をしのいだ。

「ほい、あかり

「うん、サンキュ」

 ボディバッグに入れていたハンドタオルを手渡すと、明はそれで自分のかたぐちや髪の毛を軽くぬぐった。

 あらたはというと、ガラス張りの扉に背を預けるようにして、傘を振って雨粒を落とした。

 そして一人、再び思考を巡らせる。

 具体的には、校舎への入り方。そして校舎へ入ったあとの行動についてだ。

(特に問題なのは前者だな……)

 ここまで来て、校舎に入れなかったというのではぼねもいいところだ。

 とはいえ、合鍵なんてものが都合よく存在するはずもない。

 どうしたものかと考えていた矢先だった。


 ――キィ。


「……キィ?」


 雨音にまぎれ、そんな不可解な金属音が隣から聞こえてきた。

 そちらに目を向けると、明はなにやらガラス扉に手を当てていた。と、いうより――


「はは……どうしよ、新……。扉、いちゃった……」


 もうすでに、扉を半分ほど押し開けていた。


「えーーーーーっ!?待て待て!なに思いっきりフライングしてんだお前は!」

「仕方ないでしょ!?私だってまさか本当にくなんて思わなかったんだもん!」

「にしても、軽率すぎるだろ!お前はアレか?迷宮とかで真っ先にわなを踏んで仲間を危険に巻き込んでくるお調子者キャラか!?」

「うるさいわね!そういうアンタは罠に落っこちた後に、女の子の胸をんだりスカートに頭突っ込んだりしてくるんでしょ!?あーヤダヤダ!これだから草食系主人公は!」

「誰が草食系主人公だ!」

 まさに、売り言葉に買い言葉。

 降り続ける雨音を前にギャンギャンと二人してわめき散らしてしまったが、もちろんそんなことに時間を食っている場合ではない。

 息を切らしながらも話を本題に戻したのは、あかりだ。

「そもそもなんで一番大きな出入り口のかぎを閉め忘れるわけ!?こんな大事なところの鍵をかけ忘れるなんて、職務たいまんもいいところよ!」

 私は店の鍵を忘れたことなんてないわよ、と明。

 良くも悪くも、物事に対しては一途でちょくな明のことだ。きっとそんな適当さに思うところがあったのだろう。

 だが、新の見解は少しちがった。

 そう、職務怠慢。

 その言葉が新には少し引っ掛かった。

「……本当にそうなのか?」

「?何がよ」

「いや、だから、本当に鍵をかけ忘れたのかってこと」

「……そ、そんなこと言っても!現にこうして開いてるんじゃない」

「ん~……」

 反論する明の声に新はあえて明確には答えなかった。

 確かに、よりによって正面玄関の鍵をかけ忘れるなんてことは、やはりあらたも考えにくかった。

 そして、言葉にしないが、そこまで考えがいたったのなら、明もきっと同じことが可能性として浮かんだはず。

 ――そう。


 つまり、第三者がうちがわから鍵をはずした、という可能性だ。


 だが、それを明にしきさせることはこの仕事の上ではマイナスになりかねない。

 恐怖で行動不能におちいってしまっては元も子もないからだ。

 だから、新がここでる行動はひとつだ。

 新は玄関の扉に手を当てたかと思うと、次の瞬間、一気にけた。

「ま、いちまったもんは仕方ないだろ。むしろ別の入り口を探す手間がはぶけて助かったよ」

 急な行動にぽかんとする明を横に、つとめて何でもない様子で新は言った。

 そして、さも当たり前のように玄関のしきまたいだ。

「……アンタも人のこと言えないじゃない」

 決して思慮深いとは言えない行動。

 それでもそんな行動に、明は自身の奥にほのかな火をともしたかのような温かさを感じた。

 そして、先ほどよりも少し軽くなった足取りで、明は新の後に続いた。



 扉をひらいて飛び込んできたのは、いくつかのブロックに分かれ整然と並んだ全校生徒分の箱。

 たてよこに長い距離が取られた、だだっ広い空間と高い天井。それに、二階廊下からでも下を見渡せる吹き抜け構造。

 そんなしょうこうぐちの構造だが、とはいえ、もちろん照明が点いているはずもなく、その視界はほぼくらやみに等しい。

 加えて空調も無いせいか、入った瞬間に湿気を多分に含んだ、すえた臭いの空気が二人を出迎えた。

 二人して顔をしかめて立ち尽くしていると、突如『ゴン!』という大きな音が空間に反響した。

 ひゃあっ、と明が反射的に叫び声を上げると、それもまた、空間の広さがあだとなりいやなほどしつこくその空間内に響き続ける。

 自分の情けない叫び声にエコーを掛けられるという偶発的羞恥プレイ。

 後ろを振り返ると、どうやら支えを失った扉がひとりでに閉じただけらしい。

 だが、起きた事象に対して明が払っただいしょうは、いささか大きいものだった。

「……ちょっとびっくりしただけだから」

「まだ何も言ってないんですが」

「でも、絶対何か言おうとしてた」

「それは、まぁ……」

「……バカ」

 恥ずかしそうにねた声にはいつものムキになった感じがない。

 どうやら結構本気で恥ずかしかったらしい。

 すると、明はもう一度後ろを振り返った。

「帰りにあのドア、粉々こなごなにして帰っちゃダメ?」

「後で説明が面倒だから、止めとけ」

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