第10話

 らんまんていを後にしたあたりから、それまで順調に進んでいたこうていに、ある問題点が生じた。

 それは、お互いのはばだ。

 あかりおかちを持って歩くようになったため、普通に歩くと通常の男女差以上に開きが生じてしまうようになったのだ。

 とはいえ、傘を共有している以上、あらただけ先に行くわけにはいかない。

 明が傘からはみ出ないように気を付けながらも、歩幅をせばめて少しずつ前に進む。

 これが、思った以上に神経を使う作業だった。

 まして、7月の蒸し暑い気温の中。

 結果、坂道を登りきって学校に到着した時には、新はすでにちょっとした疲労感を覚えていた。

 着替えてきたばかりのTシャツは、雨に打たれたわけでもないのに、それと見まがうほどにぐっしょりだった。

「うわ……やば……」

 口からぽろりとこぼれ落ちたような呟きは明のものだった。

 その視線の先。

 そこにあるのは、すみをたっぷりと塗りたくったかのような暗闇。

 その中に、通いなれた校門が薄ぼんやりと視認できたことで、そこが学校なのだと認識できているような状況だ。

 まるで真っ黒な箱の中に閉じ込めれられたかのように前後左右の距離感がつかめない。

「本当に学校で合ってんのか……?」

 たまらず、新は明に確認した。

「本当だって!そんな怖い……じゃなかった、疑うようなこと言わないでよ!」

「いや、そうは言っても、人の気配が全くないぞ、ここ?」

「それはほら……暗い中の方が仕事に集中できるって先生が残ってたりするのよ、きっと!」

「いや、絶対そっちの方が怖いぞ?」

 無理やり理由付けしようとするあまり、変な方向に思考が転がってしまっていた。

「まぁ、いずれにしても、ここで立ち止まってるわけにもいかないしな」

「へぇあっ!?」

「何て声出してんだお前は……」

「ご、ごめん……。ついビックリして。そ、そうね。そうよね、行かなくちゃダメよね、ダメ、ダメなのよ、明……あぁ~っ……!」

 頭を抱えてしゃがみ込んだまま、明はなにか一人でブツブツ言っていた。

 義務感と恐怖が混じりあい、ちょっとしたさくらん状態らしい。

 仕方がない。

「ほら、俺先に行ってるから、落ち着いたら早く来いよ~」

 自分だけでもと先に行こうとした新の肩を何かが思いきり掴む。

「置いて行ったら、コロス……!」

「……ハイ」

 その選択をすれば、幽霊よりも先に、目の前の幼馴染に血祭りに上げられそうだった。



 何とか気力を振り絞り、明は再び新とともに夜の学校へと進みだした。

 校門をくぐり、暗闇のトンネルをしばらくまっすぐに歩く。

 そしてその先には、確かに昼間と変わらず白浜高校の校舎が存在していた。

「本当にあった……」

 さも当然な事実を新が言葉にする。

 いくら当たり前のことでも、いざこの雰囲気の中でそれを目の当たりにすると、なんとも言えない安心感があったからだ。

「ねぇ、とりあえず早いところ雨宿りしない?」

 そんな新の思いを他所よそに明が急かすような声で提案する。

 言われてみれば、校門をくぐったあたりから、どうにもあまあしが少しづつ強まってきているようだった。

 傘を強く打ち付ける雨から逃れるように、二人は急いで玄関昇降口の屋根のしたへと飛び込んだ。

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