第9話

 道の両側には2階建てくらいの住宅がせいぜんのきを連ねている。

 家々から漏れ出る室内灯のざんは、夜闇の中でことさら、温かに浮かんでいた。

 だが、道に目を向ければ意外と街灯が少ない。それにこの降りしきる雨。

 一本道だが見通しもあまり良くないこんな状態は、決して安全とは言い難い。

 特に、思慮しりょより身体が先走る明のことだ。

 雨にテンションが上がって飛び出したところに車が……などということも容易に想像できてしまい、あらたはつい身震いしてしまう。

「……やっぱり付いてきて正解だったな」

「なになに~、私と出かけることができて新はそんなに嬉しいの~?んも~、カワイイやつだな~、このこのっ」

 何を勘違いしたのかえらく上機嫌になったあかりが利き手と逆の左手で、思いっきり新のなかを叩きながら言った。

 ちなみに、意外と力仕事の多い飲食業に従事しているからか、並みの女子高生よりも力がある。

「痛って!そういう意味じゃねぇよ!てか、背中叩くな!一撃が重いんだよ、お前は!」

「あはは、ごめんごめん!」

 その謝罪はもはや反射で口から出たものとしか思えなかった。きっとその言葉をかいぼうしてみても、1ミリもごめん、などという気持ちは含まれてないだろう。

 事実、当の本人は言葉と裏腹に傘の下で愉快そうな笑顔を浮かべている。

 屈託くったくのない、無邪気な笑い。

 子供のころから今まで、新の見る限りではずっと変わっていないそれを。

 新は以前と同じ気持ちで見ることができなくなっていた。



 5分ほど歩くと、少し遠めのたかだいに二人が通う県立白浜高等学校が見えた。

 そこに続く長い坂の一本道の入り口。

 その場所に対し、横断歩道を挟んで向かい側。

 白浜高生にとってのオアシス、らんまんていはその場所に位置する

 すでに閉店の作業はほぼ完了し、外から見るに店内に客の姿は見当たらない。

 足早に明は入店すると、ほどなくしておかちを手に店から出てきた。

「お、意外と早かったな」

「新の家を出た時に、『今から向かいます』って連絡しといたの。新の家からここまで5分くらいだし、こうすれば、出来上がるくらいに到着できるからね~」

 明にしては意外な用意周到さに新は少し驚いた。

 貴重な社会経験は、少しずつでも確かに明を成長させているらしい。

「それで、結局おススメって何にしたんだ?」

「へへ……じゃーん!爛漫亭特製チャーシュー麺だよ!」

「だよ!って言いつつ、ふたかぶってるけどな」

「細かいことはいいの!」

 そう突っ込みはしたものの、ちゅうごしで岡持ちの中をのぞけば、中に満ちた豊潤ほうじゅんな香りがこれでもかといわんばかりにくうと空腹感を刺激した。

 確かに、爛漫亭のチャーシュー麺は店においても人気メニュー筆頭候補。

 思い返せば、新が店に行った時も注文している人は多いように思えた。

「――よっと」

 明は岡持ちの蓋をげると、再び持ち手を軽く握りなおした。

 たいに対して少し大きめの金属の箱を一心に運ぶ姿は、なかなかに様になっている画だった。

「お前、本物の中華屋の娘みたいだな」

「みたい、じゃなくて実際そうなんですけど?」

 不服そうなジト目をあらたに向ける。

 少なくても気持ちはね、とあかりは落ち着いた様子で付け加えた。

 この仕事に対する当人とうにんの想いが、その言葉には込められている気がした。

 事実、そこに浮かぶ表情は一生懸命そのもの。

 ただのいである新さえ、この天気の中を歩くのはうんざりした気分になる。

 まして、仕事とはいえ、荷物をかかえて歩く必要のある明がそんな気分をいだいたとしても不思議ではない。

 にもかかわわらずそんなことをじんも感じさせずに、仕事に励む明の姿は、尊敬できるものにも見えた。

「ふぅ……岡持ちって意外と重いのよね~。ウチも黒色のリュックに入れてバイクで配達とかできたら楽なのに」

「……俺の感心を返してくれませんかね」

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