第8話

 しつに戻り、あらたばやく準備に取り掛かった。

 準備と言っても部屋着のスウェットを脱ぎ、Tシャツとハーフパンツに着替えるだけだ。

 クローゼットを開き、衣類ケースに折りたたまれて収納された服から適当な組み合わせをつくろう。

 ――それだけのはずったのだが。


(ん~……これは、さすがにラフすぎるか?)

 

 いざ選び出してみれば、どうにもしっくりこない。

 手に取って、身に着けようとする寸前に、毎度同じ思考に行きつくのだ。

(――この組み合わせは、別に変じゃないよな?)

 それとなく姿見すがたみを確認し、そう思いはしても心が納得してくれない。

 結局その疑心ぎしんぬぐえず、また振り出し。

 そのルーティンを都合つごう三回。

 やがて、何やってんだ、という思いに行きつくまで、結局しっかり時間をかけて選んでしまった。

 異性にどう見られるかというのは、男女共通の懸念けねん事項だ。



 着替え終えると、外の様子も考慮こうりょして、必要になりそうなものを普段使いの黒のナイロン製のボディバッグに入れた。

 そうやって準備が終わったところで、ベッドに投げ捨てていたスマートフォンに手を伸ばす。

 ちょうど部屋に戻ってから10分ほど。

(ホント、何やってんだか……)

 自身の乙女チックな行動に苦笑いを浮かべていると、

あらた~?準備できた~?」

 と、下からあかりの声が聞こえてきた。



 玄関では明がまるで何事もなかったかのように先ほどと同じ位置で待っていた。

 ただ、その表情はまるでき物が落ちたかのようにさわやかなものだったが。

「悪い、待たせたな」

「ううん。大丈夫」

 そんな他愛たあいないやりとり。

 声を聴くに、体調などの問題はなさそうで新は少しほっとした。



 玄関の扉を開けば、外の雨の調子はあいわらずだった。

 線の細い雨粒が時折強い風によって吹き付ける。

 歩くこと自体にしょうはないが、仕事とはいえ、この中を徒歩でまえに向かうというのはいかにも気が重い。

 と、そこで新はあることに気が付いた。

「明、かさはどうした」

 見ると、すでに明は玄関を一歩出て、今にも雨の降りしきる夜の世界へ歩き出そうとしていた。

 そしてその手には傘がない。

 高校生でその行動は、おてんが過ぎませんかと言いかけたところで、あかりは家の方へ向き直り、ある一点を指し示した。

 その先にあったのは新の家の傘立て、そしてあわいピンク色の傘がそこに一本刺さっていた。

「私、どうせ後でおかち持つから傘差せないし。だから、新のに入れてよね」

 ああそういうことか、と新は言われて納得した。

 そして玄関に備え付けの靴用クローゼットを開いて、傘を選びなおす。引っ張り出したのは新の父親がしばしば使っていた大きめの黒い傘だ。

 広げて大きさを確認。どうやら二人ぐらいは問題なく入れそうだ。

 傘を広げると、そそくさと明もその中におさまった。

 小さなドームの下で、互いにかたを並べる。

 右に明、左側に新。

 肩がうにはもう一歩足りない距離感が少しこそばゆい。

 それをなるべく意識しないようにして、明のアルバイト先であるらんまんていへと二人は歩き出した。

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