第7話

「それじゃあ、要は、その出前に俺にも付いてきてほしいってことか?」

「……悔しいけど、そういうこと」

 明は束ねた後ろ髪の一部をいじりながら、不満げに認めた。

 どうやら先ほどのやり取りであかりの中でのあらたの評価が暴落したらしい。

 完全に頼る人間を間違まちがえた、みたいな雰囲気になっていた。

「なら、それこそ、最初からそう言えばいいだろ」

 そうすれば、右ももを犠牲ぎせいにする必要もなかったのだ。いや、特に何事もないのだが。

 だが、新の言葉に明はあきれたような表情を浮かべた。

「何言ってるのよ。自分の仕事に全く関係ない人間を巻き込むなんて。そんなバカなこと、おいそれと他人に頼めるわけないじゃない」

 当たり前でしょ、とばかりに明は新の言葉をにべもなく切り捨てた。

 確かにそうだ。これは子供のおつかいなどではない。

 れっきとした、彼女にとっての仕事なのだ。

 そこまで至らなかった自分の浅慮せんりょを新は素直に申し訳なく思った。

 だからこそ、明がそれを新に頼んできたという意味合いは重い。そこがきっと彼女にとってのギリギリの協点だったのだろう。

 だからこそ――


「それに、ほら、やっぱり危ないじゃない?私、これでも見た目結構けっこう良いから?もし幽霊に襲われでもしたら抵抗できないし……。そう考えたら尚更なおさら他の人は巻き込めないじゃん?」


「……」


 その頼みを快諾かいだくしようとした矢先、自尊心の塊のような言葉が明から飛んできた。

「その点、新がいれば安心だし。いざという時には盾がわ……じゃなかった、盾のように、私を守ってくれるだろうしね」

「おい、いまなんか見えちゃいけない本心ほんしんが見えた気がしたんだが?」

「気にしたら負けだよ?アンタを、私の一番身近な男の子と見込みこんで頼んでるんだから」

「……その言い方はズルくないか?」


 頼りにしてる。

 その言葉は絶対命令権のように新のはらうちを簡単に決めてしまった。

 頼りにされているというたった一つの事実が、新の心をこれ以上ないほどい上がらせる。

 我ながら単純なものだと思った。

 けれど、嫌な気はしない。


「……あー、わかったよ。幽霊はともかく、確かにこんな夜に一人で出歩くのも危ないかもだしな。付いていってやるよ」

 女の子が、という言葉はあえて口にしなかった。そうするとまた長い冷やかしが始まりそうだったからだ。

「ホント!?」

 新の言葉にまるで飛びつくように前のめりになりながら、明が確認する。

 新はたじろぎながらも、首を縦に振ってそれを肯定した。

「やったぁ!やっぱり新に頼んで正解だったよ~。その……ありがとね」

 いつも愛嬌あいきょうを振りまくその大きな目をいっぱいに細め、明は満面の笑みで新に礼を言った。

「それは……そんなの、出前が終わった後でいいから。俺、ちょっと準備してくる……」

 その笑顔は新にとって直視するにはあまりに危険すぎた。

 本当はもっと眺めていたい。

 だが、まるで何かの魔力が秘められているかのようなその表情は、新の自制心のタガを外しかねない。

 自身の想いと裏腹に、そこから逃げるように新は自室のある二階へ階段を駆けあがろうとした。


「待って、新!」

 

不意にそんな大声が背中から飛んでくる。まだ何かあるのかと階段を数段登ったところで足を止め、明の方を振り返った。

「何?どうかしたか?」

 階段の手すりから少し身を出すようにして明の方を見た。

 表情こそ先ほどとあまり変わりはないが、その額には汗がびっしり浮かび、顔色も心なしか土気色だ。

 新にはその原因がとんと思い当たらなかった。まさか、幽霊ののろいではないかとそんなことまで本気で考えたほどだ。

 そして明はまるでせまりくる己の限界にあらがうように言葉を絞り出した。

「ごめん……その、お、お手洗い、借りても、いい……?」

「……」

 もう何も言うまいと、新は再びゆっくりと階段を登り始めた。

 直後、ドタドタと走る音、そしていきおいよく扉がまる音が誰もいなくなった廊下に響き渡った。

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