第6話

「ね、あらた……」

 細い声であかりが呼びかける。

 新が再度目を前に向けると、明は何やら落ち着かない様子だった。

 自身のはらの前で手をもじもじさせ、時折ときおり、少し困ったような視線を上目づかいで向けてくる。

 むくむくと湧く欲に表情がゆるみそうになりながらも、新はその意味するところを推測してみた。

 まず、明は言いたいことははっきりと口にするタイプの人間だ。

 なのに、あえて口にせずに伝えようとしているあたり、きっとそれは言い出しにくいことなのだろう。

 それに、先ほどの幽霊話。

 外はっ暗で雨模様。

 浮かべた要素を線でつなぐ。

 そして合点がてんがいった。なるほど、考えてみれば単純なことだ。

あかり、そんなことなら先に言ってくれれば……」

「し、仕方ないじゃない!こんなこと、アンタ以外に頼めないし……」

 少し恥ずかしそうにしながらも、自分の意思が伝わったことに安堵あんどの息を漏らす

「まぁ確かに頼みにくいことではあるな」

 明の主張はもっともに思えた。

「でしょ!?それじゃあ!」

「ああ、分かってる」

 万事心得たとばかりに、大仰おおぎょうに新は明の言葉に頷く。

 そして新はゆっくりと……


 ゆっくりと廊下をふさぐように立っていた体をひるがえし、半身の姿勢になった。


「……は?」


 新が取った行動。

 それはさながら家臣が主人に道を開けるときにするような、そんな行動だった。

 まったく予想外の行動に、明は思考を完全停止させる。

「えっと、ごめん、あらた。その……なに、それ?」

 明確な言葉が見つからないまま、頭を右手で押さえるようにしつつ明がたずねる。

「いや、何って……。わざわざ言う必要ないだろ」

「いや、そういうのいいから。とりあえず言ってみて?」

 新は頭を軽くきながら、ぶっきらぼうに言った。


「ほら早く上がれよ。トイレの場所は……って、もう知ってるよな。俺ちょっと席はずしとく――」


「ふん!!」


 家の奥に引っ込もうと背を向けた新の右ももを、明の右足が一閃した。

 突如とつじょとして走った痛みに耐えかね、明に背を向けるようにして新は廊下の上でもんどりうった。

「痛ってぇ!何すんだ!!」

「何すんだ、じゃないわよ!アンタこそ、な、なに考えてんの!?」

「え?何って……?」

 新は目に涙をうっすら浮かべ、まだ痛みの残る右ももをさすりながら立ち上がる


「明、トイレ行きたいんじゃなかったのか?」

「ちっがうわよ、このバカ!なんで今の流れでそんな話になるワケ!?」

 信じられないとばかりに、明はけたたましい声を上げる。

「なんでって。この雨の中、体を冷やしながらここまで来たんだろ。まして例の幽霊さわぎの後だからな、てっきりもよおしたのかと」

「なんか論理的に推測しましたみたいな話ぶりだけど、全然違うから!私の思いに一ミリもかすってないから!あと催したとか言うのやめろ!」

「そんな……。だとしたらお手上げだぞ。これ以上の理由がいったいどこに……」

「えっと、気付きづいてないなら教えてあげるけど。アンタ今、『俺の家は公衆トイレじゃなかったのか』って言ってち込んでるのよ?お願いだから、気づいてね?」

 膝からくずれ落ちた新に、明は一応フォローの言葉をかける。

 ただし、お互いの身体の距離は先ほどよりも数センチばかりひらきが大きくなっていた。

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