第4話

 ひとまず明を家にまねき入れ、玄関のドアを閉める。

 外のあまおとは遠くなり、オレンジ色の玄関照明がやさに二人に降り注いだ。

 新は明の恰好かっこうに目を走らせる。

 雨の中を歩いてきたせいか、明の髪や服の所々には雨粒が付いていた。

 えんじ色のスタンドカラーシャツに細めの黒色のパンツ、それにポリエステル素材の黒のエプロン姿。

 それはいわば、明の戦闘モード。

 学校近くの中華屋、『らんまんてい』でアルバイトする時の姿だ。

 新たちの通う、県立しらはま高等学校。

 そこに続く坂道のふもとに位置するその店は、いわば白浜高生にとってのオアシスだ。

 いかにも街の小さな中華屋という店がまえでお世辞にもキレイとは言いがたい。

 だが、学校から徒歩5分というばつぐんの立地に加え、学生のお小遣いでも無理なく腹を満たすことのできる親切な価格設定。

 そんな魅惑のダブルコンボは、長年に渡り白浜高生からの信頼を不動のものにしていた。

 野球部やサッカー部をはじめとした運動部生は言わずもがな、育ちざかりの女子達まで、こぞって足を伸ばすのがこの店だ。

 そこを営む夫婦と小学校の時から仲の良かった明は、現在社会勉強として特別にアルバイトとして雇ってもらっていた。



「それで?いったい何があったわけ?」

 浴室から新品のタオルを取って戻り、それを明に手渡しながら、話の続きをうながす。

「そう、それよ!大変なことが起こったの!」

 あらかた雨粒をぬぐい終わり、タオルを首にかけたまま明はいやに高揚こうようしたテンションで言った。

 ずいと、明の顔が近づくと、制汗剤だろうか、ほのかに香るかんきつ系の良い匂いが少しばかり心にむずがゆさを与える。

「大変なこと?」

「うん、あのね……」

 まるで恐ろしい何かを封印した箱を開くような慎重さで明は口を開き、そして、


「……幽霊が出たの」


「……」


 なんだかその場の偏差値が急降下しそうなことを言ってきた。

「え、あれ?おかしいな。幽霊が、出・た・の!」

「いや、聞こえてるから。そんな思いっきり口開けて言わなくても伝わってるから」

「だったらなんでそんな無反応なわけ?」

 不服ふふくそうに明はむくれている。

「いやだって突然、オカルト話を持ちだされても、ねぇ」

「どこの世界に予告して現れる幽霊がいるってのよ。いい?幽霊はいつも、突然なのよ」

「お前は幽霊の何を知ってんだよ」

 指摘してきはごもっともだが、そもそもそんな話題を振ってきた本人に言われるのがしゃくぜんとしない。

「なんかリアクション薄いわね。幽霊よ、幽霊!もっとこう、驚くなり、バカなこと言ってる私をののしるなりしないの!?」

「その自覚はあるのかよ!というか、罵ってもいいのか?」

あごの骨がバラバラに砕けてもいいならどうぞ?」

 にっこりと浮かべた笑顔は明らかに狂気をはらんでいた。 まるでしょくちゅう植物だ。ホイホイ誘いに乗ったら地獄を見るに違いない。

「文字通り、私に骨抜きにされるわけね」

「ドヤ顔で言ってるけど、それ意味違うからな。物理的に骨を砕きにくる女とか、どんな妖怪ようかいだ」

「妖怪じゃなくて、幽霊だってば」

「はいはい、じゃあその幽霊がどうしたって?」

 脱線した話をもとの筋に戻す。


「……新は聞いたことない?出前でまえを取る幽霊の話」

「……あ~……そういやこの前休み時間に誰かが話してたっけ?」

 

 突拍子とっぴょうしもないその話題は、ここしばらく新たちの学校内でまことしやかに囁かれていたものだ。

「そう、その話ね。私もなまつばものだと思ってたんだけど……」

まゆつばものな」

 そんなセクシー幽霊が出るといううわさはない。非常に残念なことだが。

「あの話ね、どうやら、本当みたいなの」

 切羽せっぱ詰まったような表情で明は訴えかける。

「てことは、そのウワサの幽霊が、明のバイト先に電話してきたってことか」

 新の言葉に明は頭をブンブンと上下させて肯定する。

 取り留めのない話だが、本人はいたって真面目な様子だ。

 どうやら、そんなバカなと笑い飛ばして許してくれそうにない。

 とはいえ、どう答えたものかと新は思考をめぐらせる。

「新、どしたの?」  

 ぼんやりと明を眺める新の視線に気づき、怪訝けげんそうにたずねた。

「いや、なんでも。それより実際、噂の内容ってどんな感じなんだ?」

 そう聞いたのは、あらた自身、その噂に関して詳しいことを知らなかったからだ。

 クラスメイトが話しているのが聞こえたことはあったが、普段なら気にも止めない話題だ。覚えていようはずもない。

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