第3話
サラさんの容姿を当てるのに参考にした人は、僕のクラスの、それどころか学年全体の人気者だ。彼女の名はなんだっただろうか……そうだ、星宮さんだ。苗字しか思い出せないのは、僕があまりにも周りに興味が無いからだろう。彼女と僕は、かたやクラスの星、かたやクラスの空気というふうに、相反する立場にいる。僕が彼女に興味が無いように、彼女の視界に僕という異物は存在しないだろう。
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セットしておいた目覚まし時計の電子音と、スマートフォンのアラーム音(鶏の鳴き声)が同時に鳴り響き、あまりの五月蝿さに飛び起きる。もう10月だと言うのに、朝は涼しさという言葉を知らないのか、一向に気温が下がる気配を見せない。
時刻は6:10。今日も両親は既に仕事へと出かけている。机の上には朝ごはんの作り置きと昼食用の野口さん数枚が無造作に置かれていた。余程忙しいんだな、なんて特段思ってもみないことを口にし、冷蔵庫からペットボトルの緑茶を出し食卓に並べる。
そそくさと朝食を摂った僕は洗面台へ向かい、歯磨きをしながら身だしなみのチェックを行う。今日は無性に落ち着かない。いや、理由はわかっている。ぼっちにはあまり関係の無い「席替え」という行事(?)がある。エリートぼっちである僕からすると、今の席ほど最強の布陣はない。窓際の最後尾、周囲にはいわゆるパリピと呼ばれる奴らは存在せず、勉強一筋の奴らで溢れかえっている。おかげで先生はこちらを見ることはなく(周囲の人たちは先生からの信頼がとてつもなく厚く、悪いことはしないと信用されているため)、優雅なぼっち生活を送れる。しかしそれも今日まで。「席替え」という行事の前ではその最強の布陣ですら風の前の塵と同じだ。
どんな結果になろうとも、エリートぼっちらしく振る舞うための心構えをするために、今日は早く学校へ登校することにしたのだ。
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学校は憂鬱だ。もうだいぶ慣れてきたし、気にもしなくなった事もあって、以前よりはだいぶ楽ではある。でも、気を抜いた途端心を抉られるような"思い"が濁流の如く流れ込んでくる。周りに人がいない時以外は、一切気が抜けないために苦痛でしかない。
今日は席替えの日だ。席にこれといったこだわりはないが、窓際に近い方がありがたい。外を見ていられる分、幾分か気持ちが楽なのだ。
「はーい、席につけー。席替えするぞー」
担任の一声で騒がしかった生徒達は静まり、そそくさと自分の席へと戻っていく。
この先生の席替えのやり方は毎度変わるのだが、今回は普通にくじ引きでやるそうだ。
「じゃあ出席番号順に引いていけー」
私は出席番号順だとそこそこあとの方になる。佐藤、東雲、須藤、住田、田中、田村、月待……。クラスの人達がくじの結果に一喜一憂している。私がいつもいるグループのメンバーは引きが良かったのか、抱き合って喜んでいた。
そんなこんなで、ついに私の順番が来た。
出来れば窓際の席になるように、なんて願いながらくじを引く。
結果は16番。
残念ながら窓側の席では無いが、窓側の列のひとつ隣の最後尾という、悪くは無い席だった。
荷物を持って移動すると、左どなりの窓側の席にはもう人が座っていた。
彼の名は確か……
「月待くん……だよね?」
手元の本へと向けられていた視線が、こちらへと向く。
「……そうだけど」
まるで周りには興味無いと言わんばかりの声音で彼はそう口にする。
「よ、よろしくね!」
「よろしく」
そう言って彼は再び手元の本へと視線を落とした。
だが、私は彼から目を離すことが出来なかった。なぜなら、彼と目を合わせるまでしたのに彼の心が一切読めなかったからだ。今の私なら、どんなに心が読みづらい人でも目を合わせればその心の深層心理までを読み取ることが出来る。それにも関わらず、彼の心の一端すら読めなかったのだ。
結局その日は、授業の内容などひとつも頭に入らず、今朝のことだけをずっと考えて過ごした。
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結論から言うと、席替えの結果はひとつだけを除いて完璧だった。前回に引き続き窓側の最後尾、周囲も前回の時とほとんど変わらない顔ぶれだ。仕組まれていると言われてもおかしくないだろう。そのレベルに変わっていない。ただ唯一、隣の席が変わった。前回は学年1桁台の秀才が座っていたのだが、今回はまさかの人物、学年の人気者である星宮さんが座ることとなるらしい。まあ、いずれにせよあまり興味のないことではあるが。
なんて思っていた矢先、誰かに声をかけられた。読書の邪魔をされるのはたまらなく嫌だが、今回はキリの良いタイミングだったので多少は大目に見るとしよう。
「月待くん……だよね?」
クラスに自分の名前を知っている人がいようとは思ってもみなかった。大抵の場合は、名前以前に存在すら覚えて貰えない。
名前を覚えてくれていたことに少しばかりの敬意を表し、手元の本から声の主へと視線を向ける。そこに居たのは他でもない、星宮さんだった。
「……そうだけど」
こういう人たちとはあまり関わりたくない。
当たり障りの無い程度の返事をし、視線を本へと戻そうとする。
「よ、よろしくね!」
「よろしく」
呆気にとられた僕は、つられて返事をしてしまった。まさか挨拶をしてくるとは思わなかった。平常心を装いながら、そそくさと視線を手元の本へと戻す。
その挨拶の意図の不明瞭さに、放課後まで頭を悩まされる事となった。
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