第2話

 1年ぐらい前、僕は彼女に話しかけた。実を言うと、誰でも良かった。話を聞いてくれる人なら、誰でも良かった。だから僕は無作為に選んだ"誰か彼女"に話しかけた。



『おーい、誰だかわかるか?』


『あ、すいません。間違えました。知り合いと勘違いしてしまって……』


 という風に。

 すると、まもなく相手からの返事が来た。


『あ、そうなんですね笑 私インストールしたばかりで、設定してたらいきなり通知が来たのでびっくりしました笑』


『それは申し訳なかったです……』


『いえいえ、気にしないでください! 私もよくやっちゃうので……笑』



 予想以上に礼儀正しく愛想が良い人だったので、嘘を付いてしまっていることがとても申し訳なく感じた。


 しかし、次の瞬間にはそれすらも吹き飛ばすほどに驚かされることとなった。彼女の方から願っても無かったことを申し出てくれたのだ。


『あの……、もし良かったら少しだけ話しませんか? こうなったのも何かの縁ですし……。それに、このアプリにも少し慣れておきたくて……笑』



 僕は二つ返事で了承した。いや、させていただいたという方が適切だろうか。


 それから色々な話をした。彼女は自分と同じ高校1年生だとか、同じ県に住む人だとか、趣味が読書だとか、ピアノを弾けるだとか。気が付けば3時間も過ぎていた。それに気が付かないほど、話に耽っていたようだ。

 そんな中で一つだけ。どうしても頭から離れない話があった。




『実は僕、人が嘘付いてるのか本当のこと言ってるのかがわかるんです』


『え、そうなんですか!? 実は私も似たような感じで……。私の場合は人の心が読めちゃうんです』


『え、信じてくれるんですか?』


『信じるも何も、私も同じような感じなので……笑 むしろそれ私のセリフです! お互い、大変ですね』



 最後の「」という言葉には、どこか重みがあるような気がした。もしかしたら彼女も、自分と同じような境遇なのかもしれないなんて、図々しくも思ってしまった。でもどこかで、理解者ができたと喜ぶ自分がいた。



   □   □   □   □



 とある昼下がり。昼寝をしていた私は何かに揺さぶられたような感覚を覚え、目を覚ました。どうやら通知が来たことでスマホのバイブレーション機能が作動したらしい。背を伸ばしながら大きな欠伸をした後、すかさず通知センターを確認する。どうやら彼からのメッセージのようだ。



『暇だからなにか話さない?』


 彼から話しかけてきてくれたことなんて、一番最初の会話を含めても両手で数えれるほどしかなかったように思う。

 ちょっとした嬉しさを抱きつつ、平常心を意識して返信する。



『いいよ! 何話そっか!』


『あぁー、ごめん。特別話題があるわけではないんだよね……』


 速攻で既読が付き、返事が返ってくる。彼も余程暇なのだろう。


 ところで、何も用がないのに話しかけてきてくれたのは間違いなくこれが初めてだ。先程を超える嬉しさや喜びに包まれ、顔が少し熱くなったように感じる。

 まだ会ったことのない彼だが、こういうとこは無性に可愛くて好きだ、などとは口が裂けても言えない。もっといえば、この1年のやり取りの中で彼の優しさに触れ、ほんの少しでも彼のことが気になっている(かもしれない)なんて、自分でも信じたくないのだ。

 もし認めてしまったら、もう彼とは平常心を持ったままのやり取りは出来ないと断言しよう。



『そういえば僕は、サラさんのことをあまりよく知らない気がする。どんな人なの?笑』


『どんな人って聞かれてもなぁ〜笑』


 困る。彼には同じ県に住んでいること、高校二年生なこと(これを教えた当時は一年生だった)、国語が得意なこと、ピアノが多少弾けることぐらいしか教えていない。ただ、これ以上教えると言っても、何を教えていいのか分からない。


『じゃあ、見た目……? 髪染めてたり……?』


『ユウトくんは私の事そんな人だと思ってたんだね』


 メッセージを打ち込みながら、それだけでなく、送る間、送った後もジト目を作る。相手には見えないが、そうしないと気が済まなかった。


『じょ、冗談だよ。黒髪黒目でロングの美少女ですね』


『……美少女じゃないけど、当たってる笑』


「なんだってぇぇぇ〜」と驚いているかえるのスタンプを送る。それに呼応するかのように、相手も「どやぁ」とふんぞり返っているねこのスタンプを返してきた。



『あとあれでしょ。結構騒がしい系のグループにいるのに、人当たりが良くて優しい系の人でしょ』


『なんで分かるの! あ、いや人当たりが良くて優しい系の人かどうかは別だけどね!?笑』


 またもや「なんだってぇぇぇ〜」と驚いているかえるのスタンプを送る。それに呼応するかのように、相手も先程と同じく「どやぁ」とふんぞり返っているねこのスタンプを返してきた。何故か今回はそのねこの顔が腹立たしく感じ、怒っているかえるのスタンプと「虚無」になっているかえるのスタンプを立て続けに送ってやった。すると彼の方からは意気消沈したねこのスタンプが送られてきた。この時、私はこの戦いに勝利したことを悟った。



『いや、まああれだよ。クラスにいる人をモデルにしたんだよ。サラさんはこんな人なんじゃないかなぁって』


『じゃあ私もそうやって当てはめてあげよう。ユウトくんは黒髪黒目の爽やかイケメンで、運動はできるけど、勉強はちょっぴり苦手。よく男子とつるんでて女子が苦手かと思いきや、めちゃ女子慣れしてて女子にモテモテ、みんなに優しく、先生にも信頼されている人でしょ!』


『僕をどこの超人と勘違いしてるの? 黒髪黒目なとこ以外ほぼ違うけど……?』


 至って真面目な言葉と共に人を小馬鹿にするような顔をしたねこのスタンプが送られてきた。

 この時私は、敗北を悟った。

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